連続ツイート 東西の笑い
しゅりんくっ! ぷれいりーどっぐくん、おはよう!
すごいっ! 生まれて初めて、今日は新聞休刊日だと起きた時に思い出した。いつも、新聞受けまで行ってから、「あっ、今日は休みだった」と思い出すのである。
東西(1)子どもの頃から、寄席好きの父や祖父に連れられて通ったのが、ずいぶんといい訓練になったように思う。寄席の段取りが、身体に自然に染みついている。大学生になって、なんばグランド花月に行って、東西の笑いの違いが面白かった。
東西(2)東京の寄席では、「落語」が本流で、「漫才」や「曲芸」、「手品」などは「色物」となる。ところが、なんばグランド花月では、逆に漫才が本流で、時々出てくる「落語」が「色物」のような感じになる。
東西(3)東京の寄席では、最後に出てくる落語の「真打ち」がその日の一番の呼び物で、本格的な噺を30分くらいたっぷりやる。一方、なんばグランド花月では、休憩の後にやる「新喜劇」がメインの演し物。こっちもたっぷりやる。
東西(4)東京の寄席で「外国人」が出てくることはまずないが、なんばグランド花月では、途中で必ずロシアや中国などの芸人が出てきて、パフォーマンスをやるコーナーがある。
東西(5)落語のやり方が違う。東京の寄席では、座布団を敷いて、その上に落語家が座るだけ。それに対して、なんばグランド花月では、落語家の前に台が置かれて、ときどきポンポンとそれを叩く。
東西(6)東京の寄席でしびれるのは「渋み」「いぶし銀」の芸かも知れぬ。林家彦六などは、本当に渋かった。弟子にアーモンドチョコレートをもらって、「なんだい、こりゃあ。中に、種があるじゃないかあ」
東西(7)なんばグランド花月でしびれるのは、芸人の凄みかもしれぬ。一度、西川きよしさんが舞台でやった噺にはしびれた。高齢になった自分の母親がお漏らしをする、というその素振りを捨て身でやっていた。生きざまを見た。
東西(8)なんばグランド花月のある「ミナミ」のあたりは、東京で言えば浅草に似ている。しかし、浅草が最近落ち着いてしまっているのに対して、爆発的活気では、「ミナミ」の方が上かもしれぬ。
東西(9)東京の寄席が、どちらかと言えば「伝統芸」の殿堂という感じになっているのに対して、なんばグランド花月の方は、その中に何でも入れ込める「幕の内弁当」のような印象。両者の特質が、これからますます輝くことを祈りたい。
以上、新聞休刊日に東西のお笑いについての連続ツイートでした。
(2010年12月13日、
http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)
1月 4, 2011 at 09:50 午前 | Permalink
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