うすぼんやりと記憶のタグが残っていて、それが心やからだを導くことの不思議さ
うすぼんやりと記憶のタグが残っていて、それが心やからだを導くことの不思議さ
福岡を仕事の合間に歩いていたら、見覚えるのある公園に来て、そのあたりに、なつかしい喫茶店があった。
ここに最後に来たの、20年くらい前かもしれない。
それ以来、そのお店のイメージだけがあって、福岡・博多に来るたびに、心の深層のどこかに、なんとなく求める気持ちがあった。
今日、歩いていたら、ああ、確かこのあたりにと思って探したら、確かにあった。
老舗のお店らしい。
入って、モンブランとコーヒーを注文して、本格的に仕事に入る前に、この文章を書いている。
うすぼんやりと記憶のタグが残っていて、それが心やからだを導くことの不思議さについて。
人生で、そのようなことが、もっとも大きな恵みをもたらすような気がする。
(クオリア日記)
1月 28, 2026 at 02:15 午後 | Permalink
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