ストレスなくずっと仕事を楽しめる人生
時々、何が一番いそがしいですか、と聞かれると、「ずっと気を失っているだけです」と答える(笑)。
とにかく朝から晩まで、人と会う時以外はずっと仕事をしている。その内容は多岐にわたるし、偶有性に満ちていて4次元チェスなので説明するのが面倒くさい。
ただ、ストレスなくずっと仕事を楽しめる人生になっているのはありがたいと、今朝起きたあとでしみじみ思った。
(クオリア日記)
1月 31, 2026 at 05:54 午前 | Permalink
時々、何が一番いそがしいですか、と聞かれると、「ずっと気を失っているだけです」と答える(笑)。
とにかく朝から晩まで、人と会う時以外はずっと仕事をしている。その内容は多岐にわたるし、偶有性に満ちていて4次元チェスなので説明するのが面倒くさい。
ただ、ストレスなくずっと仕事を楽しめる人生になっているのはありがたいと、今朝起きたあとでしみじみ思った。
(クオリア日記)
1月 31, 2026 at 05:54 午前 | Permalink
新幹線の中で、つい、コーヒーと一緒に「生もみじ」を買ってしまう。
ついさっきも求めて、さっそく食べて幸せになった。
IKIGAI(生きがい)の5つの柱の一つに「小さなよろこび」があるけれども、日本は小さなよろこびに満ちた国だ。昨年、大リーグの開幕戦の取材で訪れたアメリカ人の記者さんたちがコンビニでたまごサンドを買ってよろこんだのは有名な話。
私たちは、つぶあんとこしあんについて語って30分は楽しむことができる。
そういえば、先日、誰だったか、こしあんは材料の良さがストレートに出るとか言っていて、へえ、そうなのかと思った。
先程いただいた生もみじはこしあんだったけれども、おいしかった。
もっとも、ぼくはあまり味にうるさい方じゃないから、そのこしあんは材料の良さがストレートに出るとか言ったうるさ方はどう考えるかはわからない。
きっと、おいしいと思うのだろうけれども。
(クオリア日記)
1月 29, 2026 at 01:40 午後 | Permalink
うすぼんやりと記憶のタグが残っていて、それが心やからだを導くことの不思議さ
福岡を仕事の合間に歩いていたら、見覚えるのある公園に来て、そのあたりに、なつかしい喫茶店があった。
ここに最後に来たの、20年くらい前かもしれない。
それ以来、そのお店のイメージだけがあって、福岡・博多に来るたびに、心の深層のどこかに、なんとなく求める気持ちがあった。
今日、歩いていたら、ああ、確かこのあたりにと思って探したら、確かにあった。
老舗のお店らしい。
入って、モンブランとコーヒーを注文して、本格的に仕事に入る前に、この文章を書いている。
うすぼんやりと記憶のタグが残っていて、それが心やからだを導くことの不思議さについて。
人生で、そのようなことが、もっとも大きな恵みをもたらすような気がする。
(クオリア日記)
1月 28, 2026 at 02:15 午後 | Permalink
佐賀駅にはミスタードーナッツがあって、ちょっとした空き時間に助かる。
地元の方々がいらしていて、まったりされていて、憩いの場所になっているようだ。
以前、福島県のいわきに行った時、駅前にミスタードーナッツがあって、高校生たちがたくさんいた。
2月だったか、とても寒い季節で、でも、浜通りはあまり雪が降らないから、乾いた風が吹いていた。
佐賀駅のミスドに座って、あのときのことを思い出す。
時々、自分が高校生としてその街にいて、仲間と話す場所を見つけるとしたどうだったろうと想像してみることがある。
朝、ランニングをしている時に、お堀端を、ヘルメットをかぶった高校生たちが自転車に乗って通学していた。
自分があのうちの一人だったらどうだったろうと考える。
もっと、「一つの意識」仮説からみれば、あり得ないことではない。
(クオリア日記)
1月 19, 2026 at 09:03 午前 | Permalink
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