あれほどはっきりと鮮明だった男の子の影が
朝、ほんとうに、悲しいニュースに接した。
移動の新幹線の座席で、しばらく、うずくまるようにして眠った。
無意識のトンネルは、底が見えないほど暗かったが、やがてそれも明るくなった。
駅を降りて、なんだか目がパチパチするような思いで、街行く人たちを見る。
ぽかぽかと、暖かい日差し。
太陽は、今日もまた、誰にでも平等に降り注いでいるのだ。
博多駅から、国際会議場はどれくらいかかるのだろうと調べたら、約30分だった。
歩き始める。気持ちが移ろっていく。足は、大地に粘着しているというのに。
そうやって、ぼんやりと、何町か行ったろうか。
信号待ちをしていて、ふと前を見ると、ちょうどワゴン車が細い道へと左折するところだった。
ワゴン車の後部の窓が開いていて、そこに、5歳くらいの男の子がいた。
まんまるの顔を、ひたむきに外に向けて、陽光が照らし出すすべてを見つめようとしている。
まるでフィルムをゆっくりと再生するように、男の子は回転しながら、私の前を通り過ぎていった。
たまの日曜で、どこかに出かけるのだろうか。
家族といっしょにいるというたのしみもあり、また、あれくらいの年齢の頃は、見るものがすべて面白いのだから、もう、目を見開いて、キラキラした瞳で、万物を見ている。
幼子の見る世界の中に、リュックを背負った男の姿が入り、私と男の子は、目がぱっちりと合った。
お互いに顔を見合わせながら、しかし、ワゴン車はむろん停まることもなく、男の子の映像は過ぎ去っていく。
男の子の心の中の私の姿もまた、つかの間の幻のように消えていったのであろう。
信号が変わって、私はふたたび歩き出した。
世の中には、さまざまな出会いがある。
悲劇に終わる出会いもある。
なかった方が良かったと思われる遭遇もある。
空気の中でもまた、分子と分子は常に衝突している。
今、この瞬間もなお、南半球では蜂が花を目指していることだろう。
2015年2月1日、日差しの暖かい博多の町で、私は、あの男の子に出会ってよかった。
私と目が合って、男の子の脳に生じたほんとうにごくわずかな擾乱。
私たちは、お互いに、作用を及ぼしつつ生きている。
行き交う人と、微かな気配を取り交わしながら、私は国際会議場を目指した。
私の心の中の、あれほどはっきりと鮮明だった男の子の影が、次第に薄れていくのを感じながら。
夜が明けて、波紋が、完全に無意識の海に沈む前に、私はこの文章を書いている。
2月 2, 2015 at 07:49 午前 | Permalink
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