カラスおばあさんの愉悦
走っていて、林から道路に抜ける直前のちょっとした空き地に、三羽のカラスが舞っているのが見えた。
カラスというものは、近くで見るとびっくりするほど大きく、強そうで、こいつらがヒッチコックの「鳥」みたいに本気になって襲いかかってきたら、コワイだろうと思う。
ところが、その、三羽のカラスの舞いの輪の真ん中に、ひとりのおばあさんが立っていたのだ。
(ぼくは、ふだん、女性のことを「おばさん」とか「おばあさん」と書かないで、「女性」と書くのだけれども、かなりご高齢(おそらく80歳以上)だったし、この文脈ではそのように書いた方が伝わると思うので、「おばあさん」と書く)。
そのおばあさんは、どうやら、白いビニル袋の中に餌のようなものを持ってきているらしく、その餌を、カラスに向かって投げていたのだ。
それで、カラスたちも、喜んでしまって、そのおばあさんの周りを、至近距離で舞い飛んでいたのだ。
あんなに近くにカラスが来て、こわくはないのだろうか、と思いながら、その、カラスの輪舞曲の中を走り抜けようとした、その時だった。
見てしまったのだ。そのおばあさんの、「愉悦」の表情を。
目は輝き、口が少し開いて、舞い飛ぶカラスたちを、おばあさんは、至高のよろこびを感じている、というように、見上げていた。
おばあさんの魂は、その場所にいなかった。きっと、どこか少し違うところにいた。
その一瞬の表情が、ぼくの脳裏にもう強く刻印されてしまって、ぼくは、現代の地上を走りながら、まるで、お能の印象的な一場面を拝見したような、そんな戦慄を感じてしまったのだ。
10月 10, 2014 at 07:08 午前 | Permalink
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