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2014/09/29

 ある昼下がりの光景

最近、昼下がりにある街を歩いていたら、ちょっとひやっとすることがあった。

 道路脇の歩道を、歩いていた中年の女性と、自転車二台に乗ってやってきた中年の男性、女性がぶつかりそうになったのだ。

 自転車は急ブレーキをかけてとまり、女性もびっくりした様子でからだをこわばらせたけれども、幸いぶつかることはなかった。

 そこは、大型の店舗のある前で、人通りも多かったので、周囲のひとも、ひやっとして、でも、怪我がなかったようなので、ほっとした。

 そうしたら、自転車に乗っていた男性が、女性を罵倒し始めたのだ。
 「携帯をいじりながら歩いているから、そんなことになるんだろう!」

 私だけでなくて、みんながびっくりして、中には、その男性をたしなめようと、何か言おうとしている人もいた。

 よく考えたら、歩道を自転車が(かなりのスピードで走る)ということも、ルール違反かもしれない。

 女性の方も、携帯を操作しながら歩くというのはよくないかもしれないけれども、あのように一方的に怒られることは、ないような気がする。

 でも、携帯の女性は、素直に、すみません、というように頭を下げて、歩み去っていった。それをにらみつけるように見ていた自転車の男性と、女性は、ふたたび、歩道を、それなりのスピードで、走っていった。

 ここで、私はトイレに行きたくなって、その大型店舗の中に入っていったのだが、そこはかとない違和感を抱いていた。
 今見たばかりの光景に、どこかおかしい点がある、という印象があったのだ。

 トイレの個室に座ってぼんやりして、出て、ふたたび街を歩き始めた瞬間、はっとした。
 なぜ、違和感を抱いたのか、わかったのだ。

 さて、みなさんは、私が何に気付いたのか、おわかりになりますか?

 自転車の男性が、女性に、携帯を操作しながら歩いていることの危険を指摘するのは、いろいろな考え方があるだろうが、まあ、それほどおかしなことではないかもしれない。

 歩道を自分たちが自転車で走っていることを棚に上げていることは問題だが、それほど、素っ頓狂なことではないかもしれない。

 違和感の理由は、もっと別のところにあったのだ。

 それは、自転車の男性が、あのようなことがあった時に、「真っ先に言うべきこと」は何かということ。

 それは、歩道を、携帯を操作しながら歩くと危ないとか、自分たちが歩道を自転車で走っていたのは悪かったとか、そういうことではない。

 女性にぶつかりそうになった後で、真っ先に言うべきこと。

 それは、「だいじょうぶですか?」ということだろう。

 「おけがはありませんか?」
 「びっくりなさいませんでしたか?」など、女性を気遣う言葉を発するべきだった。

 女性がびっくりしたり、不安を感じていたら、それをやわらげるような言葉をかけ、行動をとるべきだった。

 だって、たとえ、身体は傷ついていなくても、心が動揺しているかもしれないし、ショックを受けているかもしれないのだから。

 その上で、もし必要ならば、携帯の操作のこととか、自分たちが歩道を自転車で走っていることについて、何か言えば良い。あるいは、言わなくてもいい。(おそらく、言わない方がいい)

 ここで肝心なのは、私は、自転車の男性を非難しているわけではないということだ。
 人間というのは、咄嗟の時に、なかなか真っ先に言うべきことが言えない、そんな存在なのではないだろうか。

 現に、私も、違和感の理由を、トイレに入って出てくる、数分間の間、探り当てることができなかったのだから。

 携帯を操作していたという、行動のある側面を非難する前に、真っ先に相手のことを気遣う言葉を発すること。それは、人間としておそらくいちばん大切なことだが、それが難しい。

 そして、人間としていちばん大切なことを見失って、相手の行為の枝葉を非難するという事象は、社会のあらゆる側面で、昨今、見られるように思う。

9月 29, 2014 at 07:14 午前 |

2014/09/28

 今度入るコンビニの店員さん、言い間違えしなければいいな。

今朝、コンビニに行くとき、ぼくは、小銭を使う気が満々だった。
 ポケットの中に、コインがじゃらじゃら、たくさん溜まっていたからである。

 時々、そういう「波」が来るよね。面倒なのでお札出して、小銭がどんどんたまって、自販機で使ったりするけど、一円玉、五円玉がたまっていって。

 朝ごはんのサラダ、フルーツ、それにヨーグルトをカゴに入れて、レジに立った。
 アルバイトの女の子が、ピッ、ピッ、と、商品を通していく。
 やがて合計が出る。

 444円。
 
 ラッキー! 1円玉を使えるし、少なくとも、100円玉4枚、10円玉4枚を使える。うまくすると、5円玉も使えるかもしれない。

 意気揚々と、ポケットの中のコインに、手をつっこんだ、その時である。


 「440円になります。」

 は?

 今、確かに、女の子、「よんひゃくよんじゅうえん」と言った。「よんじゅう」のあとの、「よえん」がなかった。

 時々ありますよね。コンビニの店員さんが、額を勘違いして言うこと。一ヶ月に一回よりも、もっと頻繁にあるかもしれない、人間の認知的ミス。

 ところが、この言い間違えで、ぼくは、ビミョーな心理状態に置かれたわけさ。
 だってさ、おかしいじゃん。店員さんが、はっきり、滑舌良く、しかもさわやかに「440円です」と言っているのに、ぼくが、いそいそと、1円玉を4枚出して、「444円」にするの。
 
 女の子だって、ぼくが「444円」出して、レジの表示と見比べた瞬間に「はっ」として、自分が言い間違えたことに気付いて、恥ずかしいという思いをするかもしれない。

 どうしよう。ポケットの小銭を使いたい気持ちと、言い間違えしちゃった女の子に、気まずい思いをさせたくないなあ、という気持ちと。

 気持ちと気持ちが、じゃんけんするわけさ。

 それにしても、刹那の間に、人間はいろいろなことを考えられるものなんだね。

 気がつくと、ぼくは、500円玉を一枚出していた。

 「56円のお返しになります」

 女の子が、おつりをくれた。ぼくは、50円玉が一枚、5円玉が一枚、1玉が一枚増えたポケットをじゃらじゃらさせながら、朝の街を歩いていった。

 いいんだ、これで。

 口笛は、別に吹かなかった。

 思いは、ただ一つ。

 今度入るコンビニの店員さん、言い間違えしなければいいな。

9月 28, 2014 at 07:23 午前 |

2014/09/15

桐島、コンビニ辞めないでね。

 午前6時過ぎのコンビニは、お客さんの姿もまばらだった。

 野菜サラダや、牛乳をカゴに入れたあと、そういえばこの前コロッケにソースをかけてどんぶりにしたら、とても美味しかったな、と思い出した。

 それで、そのコーナーのあたりに立って、すこし呆然としていると、なんと、店内放送にて、そのタイミングで、「お肉たっぷりのさくさくメンチカツはいかがでしょう。あげたてのさくさくメンチカツ。いま、人気です」という音声が流れてきた。

 そうかっ、メンチカツという手もあった!

 見ると、ケースの中に、メンチカツがおいしそうに並んでいる。その瞬間、ぼくは、コロッケを買おうと思っていたのに、メンチカツにすることに決めた。

 レジに向かって歩きながら、しかし、と考えた。今の音声は、店員さんも聞いていたはずだ。『桐島、部活辞めるってよ』にいかにも出てきそうな、黒縁眼鏡の男の子。今、彼を仮に桐島と呼ぶことにしよう。

 ぼくが、「メンチカツください」と言うと、桐島は、「あ〜こいつ、今の店内放送につられて、さっそくメンチカツ買ってやがるの〜」と思わないだろうか。そこまで思わなくても、「メンチカツですね」と言う時に、つい、口元がゆがんでしまったりしないだろうか。

 どうしよう。食べたいなあ、メンチカツ。でも、宣伝に簡単に影響されるようで、イヤだなあ。やっぱり、コロッケにするか。でも、メンチカツ、最近食べていないなあ。

 そんな私の内面の葛藤を知らずに、桐島君は、ピッ、ピッと牛乳や野菜サラダ、その他のこまごまとしたアイテムを読み取っていく。もう、時間がない。

 決断の瞬間。

 「あの〜、それと・・・」

 「はい?」

 「コ、コロッケください!」

 負けた。桐島の黒縁眼鏡に負けた。彼の口元が、「にやっ」とゆがむ、その映像の予想に耐えられなかった。

 ほんとうは、メンチカツ、食べたかったんだよなあ。

 コンビニを後にしながら、私の心の中で、コロッケとメンチカツがルーレットのようにくるくる回る。

 コロッケ58円、メンチカツ139円。81円のお得。

 とりあえず、ヨカッタことにしよう。節約だよね。

 そして、今度こそは、「さくさくメンチカツいかがですか〜」という音声が流れていないタイミングで、桐島と対決してやるっ!

 桐島、コンビニ辞めないでね。

9月 15, 2014 at 06:56 午前 |

2014/09/14

 杖とカマキリ

 ランニングをしていて、公園を抜け、坂道を下ろうとした時に、外国の方が三人、歩いているのに気付いた。
 年配の男女一組、それに、息子さんなのだろうか、ブロンドの髪が太陽に照らされてまぶしい男性が一人。
 男性は、足に怪我をしているのか、両側に杖をついている。
 
 三人とも心からの笑顔で、さわやかな初秋の日の散歩を楽しんでいるように見えた。

 走るのをやめて、立ち止まった。ランニングアプリは、自動的に計測を停止する。杖をついている息子さんが一瞬ふりかえった。私は、スマホの画面を見るふりをしている。
 

 そこからの坂道は、幅が狭い。人がようやくすれ違えるほど。老夫婦と、両方に杖をついた息子さんに加えて、その横を私がかけぬけるだけの余裕はない。

 息子さんは、ゆっくりと歩いている。私は、下りきったところにある歩行者用の信号が二回青になるくらいの間、その場に立って、スマホを見るふりをしていた。

 視野の隅で、三人が道の反対にわたったのが見えた。わたしも、そろそろ、走ろうと思った。ランニングアプリは、動き始めてしばらく経つと、自動的に計測を再開する。
 
 坂をかけ下り始めたとき、むこうから、今度は一本杖をついたおじいさんが、ゆっくりと歩いてくるのに気付いた。
 おじいさんは、とてもゆっくりと、しかし、確かな歩みで、坂を上ってくる。

 なんとか通り抜けられるだろう。私は、スピードを少し落とした。
 そうやって、おじいさんに近づいて行った時、おじいさんが突然しゃがんだ。
 どうしたのだろう、と思って見ると、坂道の真ん中に、大きなカマキリがいる。

 この季節に時々見る、春から、たっぷりの獲物をつかまえてきて、身体がぷっくりと充実して太っている、精気に満ちたカマキリ。

 おじいさんは、杖をついて歩いていた時とはうってかわった敏捷さで、カマキリの首のあたりをつかんだ。その様子が見えた直後に、わたしはおじいさんの横をかけ抜けた。

 ふりかえると、おじいさんが、そのカマキリを、坂道横の植え込みの上に置こうとしているところだった。
 それで、何が起きたのか、ようやくわかった。


 坂道の上にいると、誰かに踏まれてしまうかもしれないから、カマキリを助けてあげたのだ。
 いい人だな、と思った。


 おじいさんの手が植え込みの上にのびている。ところが、カマキリは、おじいさんの手にしがみついているらしい。

 ブルンブルン!
 
 おじいさんが、手を烈しく振った。それでも、カマキリは落ちない。
 
 ピクッ、ピクッ、ピクピク!

 おじいさんの手が、痙攣したようになった。
 それで、ようやく、カマキリが植え込みの上に落ちた。

 おじいさんは、自分の手をしげしげと見て、首をかしげている。
 
 よい一日を。

 心の中でおじいさんに声をかけて、ふたたび走り始めた。 

 三人の外国の方は、どこに消えたのか、その気配すらない。 

9月 14, 2014 at 06:43 午前 |