候補者を一本化して、戦略的投票を。
「政治とは可能性の芸術である」と言ったのはビスマルクであった。
理想があっても、それが実現しなければ意味がない。ならば、妥協や協力は政治の不可欠な一部だろう。
都知事選において、各種報道機関の世論調査を総合すると、舛添要一候補が当選しそうである。それを細川護煕候補や宇都宮健児候補が追っている。細川候補と宇都宮候補の票を足すと、舛添候補に勝てる可能性がある。ならば、「可能性の芸術」として、両陣営の一本化を図るのが自然な発想だろう。
両陣営は、「原発」に象徴される、今の政治のあり方に対する異議申し立てという点で共通している。立候補後の辞退は、公職選挙法上できないとされている(と理解している)が、両陣営のどちらかが、相手候補への戦略的投票を呼びかければいい。どちらの候補に一本化するかは、当事者同士で話し合って決めれば良い。
期日前投票をすでに済ませている方がいるとか、当日の投票においても、混乱が生じるなどの議論がある。しかし、完璧な選挙はない。理念は、実体化しなければ意味がない。投票行動の一部に混乱や、逸失が生じても、今の政治のあり方に対する異議申し立ての声が都知事当選というかたちで届く利益に比べれば、受忍すべきだろう。
結論。もし、政治が「可能性の芸術」ならば、細川、宇都宮両陣営は一本化を図り、どちらかの候補への戦略的投票を呼びかけるべきである。
それぞれの候補が、投票日まで懸命に訴え、結果として2位、3位で良いというのは、一つのナイーヴな態度であるが、そのことによって失われる機会は、大きすぎると私は考える。
2月 6, 2014 at 08:14 午前 | Permalink
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