もぎさあ〜ん!
17時頃に取材の仕事が終わって、半蔵門にあるその出版社から、美術教育についての研究会が行われている靖国神社近くの学校まで、歩いて移動していた。
そしたら、途中の女子大付属の高校のあたりが、生徒たちであふれていた。ちょうど、下校時刻らしい。もう夏服になっているのか、白っぽい印象の集団が信号待ちをしている。
ぼくは、「やばいっ!」と直感して、とにかく目を伏せ、気配を消してその場を全速前進で通りすぎようとした。
髪の毛や体型の特徴から、ぼくは視認されやすく、たいていの人はスルーして下さるのだが、中学生や高校生は容赦ないのである。
だから、その女子大の付属の高校は、上品でいいやつらのようには見えたが、どんな事態が起こるかわからないと、ぼくはひそかに震撼したのだ。
通り過ぎて、もう大丈夫、と思った瞬間、後ろで、「ざわざわえっほんとうわあ」みたいな、マズい声の気配がした。
これは、やばいかも!
ぼくは、足を早めた。そしたら、うしろの方から、紛うことのない声が聞こえてきた。
「もぎさあ〜ん!」
なんだか、原節子の出演する青春映画のような、さわやかで、まっすぐな声だった。
ぼくの心の中で葛藤が生じた。どうしよう。一瞬振り向いて、「おう!」と手を挙げるべきだろうか。そしたら彼女たちはよろこんでくれるかな。
しかし、羞恥心の方が勝ってしまった。なんだか、ハズイ。それでぼくはそのまま歩いた。そしたら、また来た。
「もぎさあ〜ん!」
不思議なことに、彼女たちの声は、どこまでも通って、かと言って後ろからバタバタと走ってくる気配もない。まるで、アルプスの少女ハイジが遠い山によびかけこだまするように、声がどこまでもおいかけてくる。
しかも、現場は、ずっと、見通しのよい直線道路なのだ。
「もぎさあ〜ん!」
「もぎさあ〜ん!」
「もぎさあ〜ん!」
ごめんね、わかってくれ。おじさんは恥ずかしいのだ。オレのこの巨大リュックを負ったまんまるとした背中で、わかってくれ。
君たちの声に気づかないふりをして歩いていく、このずんぐりむっくりの気持ちをわかってくれ。
靖国神社の境内に入ると、初めてほっとした。同時に、さびしいようなもうしわけないような気持ちになった。
「もぎさあ〜ん!」という声にふりかえって、手を挙げるくらいしたら、良かったのかな。
そうしたら、彼女たちの笑みがキラリと光ったかもしれないし、ぼくたちは『青い山脈』の一シーンにタイムトリップできたかもしれないのにね。
5月 29, 2013 at 08:23 午前 | Permalink
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