スーパーハッカー田森佳秀くんは、いかにしてプログラムを習得したのか。
「もうこれで打ち止めだろう」と思っても、まだまだその先に、「えっ!」というようなおもしろ話が埋まっている、「人間要石」(「要石」は鹿島神宮にある石で、小さな丸い石ころのように見えるが、かつて水戸光圀が掘らせたらどんどん大きくなって三日三晩かかっても掘りきれずに諦めたという伝説の石。オオナマズを押さえているのだとも言われる)の田森佳秀くんのおもしろ話は続く。
仕事を終えて、翌日のお昼に、金沢のおいしいお寿司屋さん「弥助」で食べていて、ふと、学生時代のバイトの話になった。
田森くんは、東北大学にいたころ、仙台駅から、ビルの中にある企業を片っ端から訪問して、「あの、プログラムを書く仕事はありませんか」と200軒くらい聞き回って、やっと一箇所仕事をくれるところがあって、それが学生バイトとしてはかなり実入りがよかった、という話は聞いたことがある。
学部学生が、いきなり飛び込みで「プログラム書かせてください」と飛び込んでいくところからしてすでに凄いと思うのであるが(田森くんには、仙台の盛り場で、女の子に連続30人声かけ断られ事件もある。根性の人なのである)、昨日のおもしろ話のポイントは、それ以外のところにあった。
「そうかあ。お前、学生時代からプログラム得意だったんだなあ。」
「うん。あの頃は、ベーシックだったね。なつかしいなあ。電気屋のパソコンで、プログラミング覚えたからなあ。」
「ん?!」
「家にパソコンなんかなかったから、家電売り場にずっと張り付いて、一日中プログラムを書いていた。でも、店員さんも、そのうち、この人はパソコンに詳しいから便利だ、というんで、見逃してくれていたなあ。」
「ん?!」
「プログラムを書いていて、お客さんが来たりすると、店員さんの代わりに、パソコンの機能について説明していたっけ。」
「・・・・・・・あのさ、フロッピーディスクとかに、プログラムをセーブしていたわけ?」
「いいや。あの頃は、データはテープだったから、面倒だったんだ。そもそも、オレ、自分の書いたプログラム保存するの嫌いだったし。100行くらいのプログラムだったら、その場ですいすい書けるし。だから、毎回、家電売り場に行って、その場で書いて、その場で消しておしまいさ。」
「あっ、そうですか・・・・・」
ぼくの脳裏に、家電売り場で、パソコンの前にひっついて、プログラムをひたすら打ち込み、お客さんが来るとパソコンの説明をして、店員さんに重宝がられている若き日の田森佳秀の姿が浮かんだ。そして、ホンモノの変人は、自分がやっていることが「普通じゃない」とは一向に気づいていないという、変人に関する一般法則を改めて確認する次第となったのである。

田森佳秀氏
4月 6, 2013 at 09:04 午前 | Permalink
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