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2013/03/15

木もれ日のようにあるいは吹きだまりのように、ほっとする句読点だったと、ふり返って感じている。

アメリカで引いた風邪が、そのあとも移動と仕事が続いていてあまり休めないせいか、なかなか抜けきれない。

京都でのDesign Associationの理事会を終えて、翌朝、新幹線で東京に戻った。

東京駅の近くの集会場で、Joi Itoとスカイプ対談。スカイプを使うのは、初めてだった。ジョイは、ボストンでパーティーの最中だったらしく、ワイングラスを持って現れた。

絶好調だったな、ジョイ。卓越さは、必ず、過激さを内に秘めている。

銀座6丁目まで歩く。鳩山由紀夫さん、高野孟さん、波頭亮さん、そして鳩山事務所の芳賀さんとの打ち合わせランチ。芳賀さんに、「なぜここにして下さったのですか?」と聞くと、「次に茂木さんが行く小学校がすぐ近くですから」と言う。

それで、泰明小学校というのが、ぼくが学生時代から銀座界隈を歩いていて、「ああ、ここは素敵な学校だなあ」と思っていた、まさにその校舎だということを知った。

鳩山さんをお見送りして、波頭さんと小学校まで歩いた。カレンダーに、日付と場所しか書いていなくて、本当にそこなのか、自信がなかったのだ。

それで、校門みたいなところまで行ったら、中の人が、「あつ」みたいな感じで迎えて下さったので、やっぱりこの学校で良かったんだ、とほっとした。

「あの、外で立ち話をしていますから」とお断りしたら、「どうぞ中で」と言うので、「あっ、いや、いいです。外でしゃべっていますから」とお断りして、それから波頭さんと立ったまま少しお話した。

なんだか、この時間が、良かったんだよな。

波頭さんとは、いろいろとお話することがたまっていて、本当に、同志という感じで、いろいろ本音で伝え合わなくてはならないこともあったし、そこには未来のさまざまが懸かっており、泰明小学校の前で、ちょっと寒い風が吹くなか、波頭さんと立ち話が出来て、本当に良かった。

それから、ぼくは波頭さんと別れて小学校二入り、そこから、深夜までずっと仕事が続いたわけだけれども、波頭さんとのたった10分の立ち話が、木もれ日のようにあるいは吹きだまりのように、ほっとする句読点だったと、ふり返って感じている。

3月 15, 2013 at 08:19 午前 |