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2013/02/18

連帯保証人の制度について

毎日新聞が、次のようなニュースを報じている。

銀行や貸金業者が中小企業などに融資する際に求めてきた個人保証について、法制審議会(法相の諮問機関)が原則として認めないとする民法改正案を本格的に検討することが分かった。

http://mainichi.jp/select/news/20130218k0000m010107000c.html

 この動きを歓迎する。同時に、これでも十分ではないと考える。

 まず、同記事中にある「経営者本人が会社の債務を保証する「経営者保証」は例外として認める案が検討されている。」という点。

 経営者本人でも、その私的生活と、会社の運営に供される資金は、性質が違う。両者は混同されるべきではない。

 会社の経営が破綻しても、個人資産にその累が直ちに及ぶべきではない。もちろん、経営者が、自主的に個人資産で弁済することもあるだろう。しかし、それを法的義務とすべきではない。

 また、「住宅ローンやアパートの賃貸借契約、奨学金の借り入れなどで求められている個人保証は今後も認め」という点。私は、このような分野でも、連帯保証は原則として禁止すべきだと考える。

 アパートの賃貸借契約において、連帯保証人を求めることは、制度設計として間違っている。外国から日本に留学、就業で来た人など、非典型的な人が排除される。また、日本人でも、親族と非典型的な関係にある人もいる。結果として、連帯保証の強要は、社会の流動性を低下させ、多様性を奪い、経済発展の条件を劣化させる。

 連帯保証制度を廃すると、貸し手のリスクが増すという。その通りである。そして、そのリスクは、貸し手が追うべきである。保険制度などの利用によって、連帯保証以外の方法で、リスクを分散させるべきである。その結果、利率や家賃が結果として上がるかもしれない。その方がいい。連帯保証というかたちで、リスクが社会から見えない個人的な領域に閉じ込められるよりは、ネットワークに晒され、市場原理の下でヘッジされる方が良い。

 諸外国の状況については、敢えて言及しない。一つ確実なことは、連帯保証制度は、円滑な経済、社会の運営に、不可欠でも好適でもないということである。むしろそれは、日本の後進性の象徴であろう。

2月 18, 2013 at 09:56 午前 |