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2011/12/10

ナン・ライス症候群

 子どもの頃から、カレーライスが好きだった。小学校高学年の頃は、いっしょに食べている祖父が「たくさんたべるなあ」と驚くのがおもしろくて、3杯とか4杯とか食べていた。
 
 もっとも、あの頃は、いくら食べても身体はスリムだったよ。

 食堂でカレーライスを頼むと、スプーンが水を入れたコップに刺さっているのが常だった。なんで、あんな風にしていたんだろうねえ。

 カレーにはライスがつきものだった。なんと素晴らしい相性! 実に味わい深い。

 それが、大学生の頃だったか、マハラジャとか、本格インド料理、みたいな店に行くようになって、そうか、ナンというものがあるんだな、と気付いた。
 カレーにはライス、という考えから、カレーにはナン、という選択肢も知った。
 そうしたら、そっちの方が本来そうだし、お洒落、みたいな気持ちになってきた。

 カレーにはライス、という黄金律が揺らぎ、ナンもいいよね、いや、ナンの方が本格的だ、というような「目覚め」が生じたのである。

 それから、本格インド料理屋に入ると、カレーとナンばかり食べていた。最初にタンドリーチキンやサラダを頼んで、続いてカレーとナン。とにかくナン。パンをカレーにつけたり、載せてくるっと巻いて食べる。

 イギリスに留学したとき、なにしろカレーは今や国民食だから、たくさんインド料理屋があって、あっちこっち行っていた。もちろん、ナンと一緒に食べる。

 そんな日々の中、どうも、本当は、脳は、ある種の物足りなさに気付いていたに違いない、とふりかえると思えるのだ。

 ある日、ロンドンのインド料理屋でごはんを食べていて、はっと気付いた。周囲のイギリス人を見ると、誰もナンを食べていない。みんなライス!

  イギリス風のやり方は、大きなお皿があって、そこにカレーでもライスでも何でも載せて食べる。イギリス人たちは、ライスとカレーを混ぜて、うまそうに食べている。

 がーんと思った。ぼくは、手元のナンを見た。急に、それが色あせて見えた。

 次に行ったとき、迷わずカレーとライスを頼んだ。うまい! 長粒米だが、実にカレーに合う。やっぱり、カレーにはライスだ。ナンの方がお洒落だなんて、なんで思い込んでいたのだろう。ぼくの迷いは終わった。

 江戸っ子が、そばなんてそばつゆにたっぷりつけるのは野暮だと、さっとつけるかつけないかくらいでたぐっている。そばつゆにたっぷりつけるのは田舎者だとばかにしている。

 それが、死の床になって、思い残すことはないかと聞かれる。「あるんだ。いやね、一度でいいから、つゆにたっぷり浸してそばを食ってみたかった。」

 そんな落語があったように思うが、ぼくもライスをずっとがまんしていたような気がするな。これは、ナン・ライス症候群という。気付いてみれば、なあんだ、みたいな話だよね。

12月 10, 2011 at 07:13 午前 |