ナン・ライス症候群
子どもの頃から、カレーライスが好きだった。小学校高学年の頃は、いっしょに食べている祖父が「たくさんたべるなあ」と驚くのがおもしろくて、3杯とか4杯とか食べていた。
もっとも、あの頃は、いくら食べても身体はスリムだったよ。
食堂でカレーライスを頼むと、スプーンが水を入れたコップに刺さっているのが常だった。なんで、あんな風にしていたんだろうねえ。
カレーにはライスがつきものだった。なんと素晴らしい相性! 実に味わい深い。
それが、大学生の頃だったか、マハラジャとか、本格インド料理、みたいな店に行くようになって、そうか、ナンというものがあるんだな、と気付いた。
カレーにはライス、という考えから、カレーにはナン、という選択肢も知った。
そうしたら、そっちの方が本来そうだし、お洒落、みたいな気持ちになってきた。
カレーにはライス、という黄金律が揺らぎ、ナンもいいよね、いや、ナンの方が本格的だ、というような「目覚め」が生じたのである。
それから、本格インド料理屋に入ると、カレーとナンばかり食べていた。最初にタンドリーチキンやサラダを頼んで、続いてカレーとナン。とにかくナン。パンをカレーにつけたり、載せてくるっと巻いて食べる。
イギリスに留学したとき、なにしろカレーは今や国民食だから、たくさんインド料理屋があって、あっちこっち行っていた。もちろん、ナンと一緒に食べる。
そんな日々の中、どうも、本当は、脳は、ある種の物足りなさに気付いていたに違いない、とふりかえると思えるのだ。
ある日、ロンドンのインド料理屋でごはんを食べていて、はっと気付いた。周囲のイギリス人を見ると、誰もナンを食べていない。みんなライス!
イギリス風のやり方は、大きなお皿があって、そこにカレーでもライスでも何でも載せて食べる。イギリス人たちは、ライスとカレーを混ぜて、うまそうに食べている。
がーんと思った。ぼくは、手元のナンを見た。急に、それが色あせて見えた。
次に行ったとき、迷わずカレーとライスを頼んだ。うまい! 長粒米だが、実にカレーに合う。やっぱり、カレーにはライスだ。ナンの方がお洒落だなんて、なんで思い込んでいたのだろう。ぼくの迷いは終わった。
江戸っ子が、そばなんてそばつゆにたっぷりつけるのは野暮だと、さっとつけるかつけないかくらいでたぐっている。そばつゆにたっぷりつけるのは田舎者だとばかにしている。
それが、死の床になって、思い残すことはないかと聞かれる。「あるんだ。いやね、一度でいいから、つゆにたっぷり浸してそばを食ってみたかった。」
そんな落語があったように思うが、ぼくもライスをずっとがまんしていたような気がするな。これは、ナン・ライス症候群という。気付いてみれば、なあんだ、みたいな話だよね。
12月 10, 2011 at 07:13 午前 | Permalink
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