ぼくの命の中に、野ウサギにあたるもの
あっ、もう暗くなっちゃうかな、と思ったけれども、せっかくトリスタンとイゾルデの第一幕を入れたから、走ろうと思ってかけだした。
暗がりにこれほどふさわしい音楽はないだろう。でも、前奏曲が終わって、イゾルデが登場して、ブランゲーネとのやりとりがあり、クルヴェナールが歌う頃に、なんだかさびしくなって、走るのをやめてしまった。
あとはとぼとぼと歩くだけ。
心細くなったのは、通り過ぎた光景にも原因があったのかもしれない。
公園の中を抜けて走っていくと、なんだか前の道が明るい。あれ、と思ったら、何個か屋台が出ていた。
意外だと思ったのは、そこは、祭りなんて行われるとはとても思えないくらいの小さな神社だったということ。
走りながら、屋台の人たちの顔を見た。初老の人や、まだ若い兄ちゃんのような人。それぞれ、発電機の光でこうこうと照らし出された中、黙々と準備を続けている。
その顔は、社会の中で、自分たちが偉いと思っている人たちの顔よりも、よほど真実味があるように感じた。幸せになってほしいし、幸せでいてほしい。
そんなことを思ったのは、ここのところのニュース報道のせいかな。
まだ祭りには人が来ていない。神社の横のステージには、「大ビンゴ大会」という垂れ幕がかかっていた。
ああ、そうだ、今思いだしたけれども、このあたりでは、まだ、かろうじて走っていたんだ。
神社を抜けて、横の道に入ったとき、ぼくの横を女の子が駆けだした。
小学校4年生くらいの、ポニーテールの女の子。
一生懸命走っている。さいしょは、ぼくが走っているのを見て、いっしょに駆けだしたのかな、と思ったけれども、どうもそうではないらしい。
あっ、それでわかった。きっと、神社で祭りの準備が行われているのを見て、屋台が出ているのを目にして、それでもう興奮してしまって、家族に教えようと思って、走っているんだ。きっとそうに違いない。
薄暗がりの中を走る女の子。いつか見た、スコットランドの野ウサギのようでもあって。
今日は月が出ていない。クルヴェナールが、トリスタンについて歌っている。
ぼくはやがて駆けるのをやめて、とぼとぼと歩き出す。ぼくの命の中に、野ウサギにあたるものを探しながら。
10月 2, 2011 at 08:03 午前 | Permalink
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