桃源郷はここにあった。星のや京都
素晴らしい景勝地の多い京都においても、嵯峨野は格別であろう。
市内の喧噪から離れて、ゆったりと散策する。自転車を借りて走っても良い。清涼寺。大沢池。落柿舎。心をのびやかにする風景に囲まれていると、なぜ最初からここを目指さなかったのか、とさえ思う。
私が特に好きなのは、大河内山荘から下る竹林の風景である。夏の夕方など、青いものを通して頬に触れる風も涼しく、生きるということがもともと持っていたはずの爽快感が戻ってくる。そのままゆったりと下っていくと、源氏物語にも登場する野宮神社にたどり着く。
道なりに進んでいくと、にぎやかな通りに出る。人力車のお兄さんが元気な声をかけてくる。土産物屋の並びを抜けていくと、目の前に渡月橋が現れる。
桂川にかかるこの橋を、私は何度眺めてきたことだろう。最初は、修学旅行で訪れた中学生としてそれを見た。美しい風景だとは思ったが、ろくに観賞もせずに仲間たちと騒いでいた。大学生になってから、何度も接するようになった。親友とともに広隆寺を訪れ、弥勒菩薩半跏像の優美な姿に心を震わせた後、ぶらぶらと歩きながら見た渡月橋はとりわけ忘れがたい。
いつしか、渡月橋を前にすることが、自分の人生における「定点観察」のような体験になっていた。そのことについては、一つ不思議なことがあった。気付いてみれば、訪問を重ねているのに、私は一度も渡月橋をわたって「向こう側」に行ったことがなかったのである。
いつも、京福嵐山線の「嵐山」駅のある北川から眺める。わたっていけば、紅葉の名所である嵐山に至るということは知識としてはわかっていたが、何故か実行することがなかった。あたかも、渡月橋の向こう側はこの世ならぬ「彼岸」の別世界のように感じられていたのだろう。
その別世界の中に「星のや京都」がオープンしたと耳にした時、一気に期待が広がった。船で川を遡上し、宿入りするのだという。そのような浮世離れした設いが、いかに人の心を癒すものか私は知っている。
訪問の機会に恵まれた。上り桟橋は、渡月橋の「向こう側」にある。ついに、渡月橋をわたる。待屋に入る。「船が来ました」との声に外に出る。夢が現実になる時がきた。
移行は、ゆっくりと身体に浸透していく。心地良く川風に吹かれているうちに、宿は桂川のほとりに奇跡のように姿を現した。
役行者が「投げ入れた」との伝説がある国宝の三徳山三佛寺「投入堂」を思い出す。手つかずの大自然の中に忽然と現れた宿。夕暮れ時。美しくライトアップされた敷地から、温もりが伝わってくる。昔話の旅人のように、ひと心地がした。
夕食は、宿のレストランでとった。季節のものが程よく調理されて出てくる。きりっと冷えた酒とともに堪能した。望めば、船で対岸の嵐山吉兆に出かけることも可能だという。美食の「かけ流し」である。
木の葉のさざめきと川のせせらぎに包まれて眠りに入る。夢の中で、鹿の声を聞いたような心持ちがする。目覚めて外を眺めると、桜の花がほころんでいる。桂川の流れを見てぼんやりとしていると、対岸をトロッコ列車が通った。
庭に立ち、木の梢を見上げる。山の空気に包まれることの心地よさをゆったりと思い出す。
桃源郷はここにあった。仙人にこそなれなかったが、心身が深く充たされた。すべては、渡月橋をわたって船に乗ったおかげである。
(2010年5月に書き、集英社のUOMOに掲載された文章です)
10月 23, 2011 at 07:27 午前 | Permalink
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