母親が居間で叫んで教えてくれて、ぼくが二階から戦闘機のスクランブル発進のように駆け下りてくる。
子どもの頃、私の部屋は二階にあって、テレビは一階の居間にあった。本を読んだりしていると、ときどき、下から母親の叫び声が聞こえてきた。
「健一郎、降りてきなさい。早く早く。」
部屋を出て、階段を駆け下りて、居間に走っていく。この間、10秒とか、15秒が経っていただろう。
「ほら、やっているわよ。」
ぼくは、5歳の時に近所に住んでいる、大学で昆虫学を研究している学生さんに紹介してもらって、その人の弟子になった。渋谷の志賀昆虫店で網や三角缶や、その他の道具をそろえて、蝶々を追いかけた。日本鱗翅学会にも入った。
要するに蝶好きだったから、テレビのニュースや情報番組などで、蝶のことが出てくると、母親が居間で叫んで教えてくれて、ぼくが二階から戦闘機のスクランブル発進のように駆け下りてくる。そんなことが何度もあったのだ。
あの頃は、インターネットもなかったし、どんな映像がいつ流れるかもわからなかった。だから、母親が叫んで、ぼくが二階からかけ降りて、オオムラサキが空を舞っているところや、外国の美しい蝶が森の中を通り抜けていくその画面を見る、そんなやり方でしか、蝶の映像との出会いはなかった。もちろん、家庭用のビデオレコーダーなんて、ありはしなかったし。
昨日、夕方頃から、ブータンシボリアゲハ発見のニュースをたくさんの人が親切にボクに教えてくれた。ツイッターのタイムラインに、「ブータンシボリアゲハ」の文字が並ぶ。
時代は変わったなあ。新潟から東京に帰り、iPadでブータンシボリアゲハの動画を見た。iPadは標準ではFlashに対応していないから、Puffinとかいうソフトをインストールしなければならなかったけれど。
今まで、Flashなしでもなんとか我慢していたのが、どうしてもブータンシボリアゲハが見たくなって、インストールしちゃったよ。そうやって出会えた、ブータンシボリアゲハが飛んでいる映像。
子どもの頃、母親の叫び声を聞いて二階から戦闘機のスクランブル発進のように駆け下りてきた、あの出会い方とは違うけれども、やっぱり熱狂を引き起こす何かが、未知の蝶の映像にはある。
懐かしいな。二階から駆け下りていた、あの日々。
10月 28, 2011 at 07:34 午前 | Permalink
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