ぼくは生きるニコニコ動画になって、都築響一さんを見ていた。地上には、太陽が充ちあふれていたよ。
都築響一さんと話したら、ものすごく面白かった。
だって、いつもぼくが話しているようなことを、だーっと機関銃のように言うんだもん。都築さんはラッパーだ。ヒップホップだ、革命家だってばさ!
「大学なんていらね、大学なんて意味がねえ、大学いってもしょうがねえ、自分で勝手にやったらええ、あんな入試受けても仕方がねえ。」
「新卒一括採用なんて、あんなの、憲法違反じゃないかい、就職活動なんて、しなけりゃいいんだよ、みんなでボイコット、やめちまえばいいんだよ、そしたら、世の中変わるよ。」
都築さん。。。。。都築さんの言うとおりなんだけれど、全く言うとおりなんだけど、ぼくもいつもそう言っているんだけど、都築さんがそうやって爆発すると、ぼくはなぜか「どうどうどう」となだめる側に回ってしまうのはなぜなのだろう。
それでわかったんだけど、ぼくがいつも爆発するのは、周囲の沈黙が耐えられないからじゃないかな。みんな黙っていて、同調していて、うんうんと肯いていて、まるでこの世には何も問題がないかのようにふるまっていて、そういう穏やかさを装っている感じがイヤで、だからぼくは爆発しちゃうんじゃないかな。
でも、都築さんのように、本音で生きている人をみると、ぼくはただうれしくて、太陽を眺めているように、ニコニコしてしまうのです。
ぼくは生きるニコニコ動画になって、都築響一さんを見ていた。地上には、太陽が充ちあふれていたよ。
10月 13, 2011 at 07:43 午前 | Permalink
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