ぼくの手の中には、甘い香りのするメロンパン。
横須賀線の中で、機種変更したばかりの携帯電話のあまりの使い勝手の悪さに辟易して、いろいろ格闘していた。
そうしたら、目的地に着く少しまえ、となりに座っていたご婦人が、こちらを見る気配がした。
私は、「あっ!」と思った。
「あのう、失礼ですが、テレビでよく拝見するような・・・脳の先生でしょう。」
「あっ、はあ。」
「なんだかよく似ていらっしゃるなと思って。」
ぼくは直立不動な感じだった。きっと、ぶつぶつ言いながら携帯電話をいじっていたその様子を、ずっとご覧になっていたのだろう。
ご婦人は、何やらバッグの中を探っていらっしゃる。
「あのね、これ、もしよろしければ。」
中から出てきたのは、何やら紙袋に入ったもの。
「これ、メロンパンなんですけど、余計に買ってしまったものだから。もしよければ、食べてください。」
「いや、あの、その。」
「いいんです。余計に買ってしまったものですから。」
恐縮して受け取った。同時に、リュックの中には何が入っていたっけと、ぼくは懸命に思いだそうとしている。
「すみません。ぼくの方からは、何も差し上げるものがなくって。」
「いいんですよ。それじゃあ、さようなら。」
ご婦人が下りたのは、ぼくと同じ駅だった。ぼくは、ご婦人が降車する、そのタイミングから十分な時間をとるように、しかしドアが閉まってしまわないように、間合いを測って歩みを進めた。
ホームに立つと、もうご婦人は消えていた。ぼくの手の中には、甘い香りのするメロンパン。なんだか、秋の気配がした。
9月 26, 2011 at 07:32 午前 | Permalink
最近のコメント