マエハラとエビハラ。
講演の前に、工場の様子を少しだけ窓から見た。
すごかった。SFみたいだった。
「ここは、柱がないんですよ。」
「どうしてですか?」
「いや、装置のレイアウトを、自由に変えられるように」
「あっ、なるほど。」
「あの上を行き来しているのは、リニアモーターなのですが、ああやってプロセスを行ったりきたりしているのです。すべてが自動化されている。これだけ大きな工場で、ある時点で中に入っている人間は二十人たらずなのです。」
宇宙服のようなものを着た人が、あちらこちらと歩き回っている。
「CCDがCMOSになって、消費電力も画質も改善されたのです! これは井深賞を受けました!」
最先端の半導体工場の科学と技術の集積に、ぼくはただ感動していた。
懇親会は、ユウベルというところでやるのだという。
「ユウベル?」
「温泉があるんです!」
温泉と聞いて、ぼくはもうTシャツでも脱いでしまいたい気分だった。
時満ちる。
乾杯!
テーブルをふらふらしていたら、前に、いかにも怪しいシャツを着た男が座っていた。
「うーむ、怪しいなあ。」
「えっ、そんなことないですよ。」
「趣味は何なのですか?」
「映画を観ることですね。血が出るやつ。スプラッター。」
「ほら、やっぱり怪しい! 彼女は?」
「いません。」
「やっぱりなあ。」
「でも、欲しいんです。」
「彼女とも、やっぱり、スプラッター見るの?」
「それは、そういうところでは、妥協できませんから!」
「だめだ、こりゃー!」
みんなが笑っている。その怪しい男も笑っている。それが、マエハラだった。
マエハラは、鹿児島方面から来たらしい。
宴が終わると、みんなが、「バスで光の森に行く」と言っている。
「茂木さんも行きましょう。光の森。」
「ん? 光の森? 光の国じゃなくって?」
「光の森ですよ。」
「そこは、いったい何なのですか?」
「いけばわかります!」
バスにのってふらふらいったら、光の森についた。
そして、なぜだか、カラオケにいった。
「トレーン、トレーン、走っていく、トレーン、トレーン、どこまでも」
と熱唱しているやつがいる。
見たら、そいつはエビハラだった。
そういえば、ぼくは、懇親会の時に、こらっ、と、そのひとの頭をなでなでしていたのだった。
「あのなあ!」
まだ、なでなでしたら、そいつは、なでなでしやすいように頭で迎えにいく。
「こら!」と手を上げると、そいつがあたまをぐんと斜めに突き出す。
いいなあ、このリズム! 手と頭の第一種接近遭遇!
こういう光景は、どこか他でも見たことがある。そうだ、オレの書生、植田工だ。
エビハラくん!
ぐるぐる見ると、マエハラの方はいない。
光の森と聞いて、マエハラは逃亡したのだという。まだ飲んだり食ったりすると思ったのだろう。ああ見えて、案外繊細なところがあるのである、マエハラは。
カラオケ、というのだったら、きっとマエハラは来ただろう、誰かが言った。
残念なことだった。もうちょっとあの怪しさを追究したかったのに!
仕方がないから、ぼくは歌った。
朝の光のまぶしさに
驚き目覚めたひとたち!
明けて今日、ぼくは出発がはやいからさっきからとっくに起きているが、朝の光はまだどこにもないし、マエハラ、エビハラはどこかに行ってしまった。
もうあと少しで、熊本サヨウナラだなあ。みなさん、ありがとうございました。
9月 16, 2011 at 05:55 午前 | Permalink
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