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2011/09/02

プレス・リリース アハ体験(一発学習)の研究に適した新しい方法論を提案

プレスリリース
アハ体験(一発学習)の研究に適した新しい方法論を提案
石川哲朗、茂木健一郎

プレスリリース pdf file

論文(著者たちの作成したファイル。最終版については、Springerのサイト
http://www.springerlink.com/content/y675331464852516/
を参照ください)

Tetsuo Ishikawa and Ken Mogi (2011) Visual one-shot learning as an ‘anti-camouflage device’: a novel morphing paradigm. Cognitive Neurodynamics, published online
Url: http://dx.doi.org/10.1007/s11571-011-9171-z
Doi: 10.1007/s11571-011-9171-z

論文(author-created) pdf file

石川哲朗 
e-mail: tetsuoishikaha@gmail.com
twitter: @fronori

茂木健一郎
e-mail: kenmogi@qualia-manifesto.com
twitter: @kenichiromogi


以下、プレスリーリースのテクスト。図やグラフは、上のpdf fileをご参照ください。

プレスリリース 2011年9月2日 アハ体験(一発学習)の研究に適した新しい方法論を提案

<論文名>
Visual one-shot learning as an ‘anti-camouflage device’: a novel morphing paradigm

「カムフラージュを見破る装置」としての視覚的一発学習:モーフィングを用いた新しい手法

Tetsuo Ishikawa1, 2 and Ken Mogi 2 (1) 東京工業大学 大学院総合理工学研究科、(2) ソニーコンピュータサイエンス研究所

Cognitive Neurodynamics 誌オンライン電子版に掲載

<概要> 何かをひらめいた瞬間に「あっ、わかった!」と感じる体験をアハ体験と呼びます。そして、 一度気がつくとその瞬間に世界の見え方が変わり、一発で学習が成立することから、一発学習 とも呼ばれます。たとえば、白黒のアハピクチャー(隠し絵)が見えるようになることが例と して挙げられます。従来、経験と勘に頼った手作業によるしかなかったアハピクチャー作成を、 今回、モーフィング技術を用いて系統的に量産する新たな手法を開発しました。そして、曖昧 な白黒二値画像から元のグレイスケール画像へと徐々に復元しながら呈示することにより、20 秒程度という短時間に高い確率で気づくことができる枠組みを考案しました。この手法を用い、 一発学習の持つ性質がいくつか明らかになりました。本研究では、これまで認知実験の俎上に 載りにくかった一発学習という「一回性」の体験を科学的に研究する方法論を提案し、創造性 の理解を進展させる可能性をより広げるものと期待されます。

<背景と詳細> 「あっ、わかった!」というアハ体験のような現象は創造性の顕れだと考えられますが、その 性質を実験的に調べようとするといくつかの困難が伴います。同じ絵は同じ人に対して一度し か使えないため、たくさんの絵を用意する必要があります。しかし、アハピクチャーとして有 名なダルメシアンや牛の写真などのような「良い」問題を経験と勘に頼らず作る方法は知られ ておらず、実験に使える統制された問題が足りませんでした。また、往々にして「良い」問題 は絶妙な難しさの問題でもあるため、解けるまでの時間が長すぎて限られた時間内の正答率が 低すぎるという問題もありました。数は限られますがこのような「良い」問題を回答があるま でずっと呈示し続ける方法を、静止画呈示法と呼ぶことにします。

別の手法として、脳画像法(PET や fMRI など)の実験では実験時間の制約から、分かるまで 待つわけにはいかないので、手っ取り早く、問題を見せた後にすぐに答えを見せてしまうという手法がよく使われます。その後にまた問題を見せると答えを強制的に学習したばかりなので、 何が隠されているか先程は気づかなかったものが今度は見えることになります。これを問題・ 解答交互呈示法と呼ぶことにします。当然ながら、限られた時間内にほぼ確実に答えに気づか せることができますが、自力で問題を解くという一番知りたい、創造性の関与すると思われる プロセスを省くことになり、重要な部分を調べることが出来ません。

つまり、実験中にアハ体験を観察して調べるためには、制限時間内に解けるような適度な難 易度を持ったアハピクチャーを言うなれば大量生産できる方法が必要です。静止画呈示法では、 認知努力によって自発的な気づき(自力で解く)を調べることができますが、時間がかかりす ぎるという問題がありました。また、問題・解答交互呈示法では、ほぼ確実に学習させること はできますが、強制的に誘発された気づきであり、自発的な気づきの要素を損なうという欠点 がありました。そこで静止画呈示法と問題・解答交互呈示法の良いところ取りをできるような 折衷案を考えました。まず、ある物体の写ったグレイスケール画像にガウシアンフィルターを かけて輪郭をぼかし(A)、それをさらに白黒二値化して曖昧にした画像(B)を用意します。A や B も広い意味で隠し絵ではありますが、A は簡単すぎて、B は難しすぎるのが一般的です。 ここで A と B の中間的な画像を用意すれば、適度な難易度のアハピクチャーになることが予想 されます。そこで、A と B をモーフィングして連続的に変形することを考案しました(図1: 右端が A、左端が B。その中間的な混合状態をそれらの間に示す)。これらを B から A へ 1%刻 みで 0.2 秒ごとに変化させ、長さ 20.2 秒の動画(0%から 100%まで全部で 101 フレーム)を 30 種類の物体の画像に対して作成しました。

それぞれの動画に対して、何が隠されているか分かるまでの反応時間、またはモーフィング レベルを難易度の指標とすることができます。すると様々な難易度の問題が作れました(図2)。 次に、分かるまでの時間が短ければ短いほど、その答えが正しいと確信するという関係性が見 出されました(図3)。近年提唱されている洞察(ひらめき)の流暢性理論(ある認知処理が素 早くなされるほど、確信度が上がり、より真実だと感じるという理論)が、視覚的一発学習に おいても成立することを示唆します。反応時間の解析には、時間切れ(打ち切り)データが存 在し、平均値などが単純に計算できないことから、生存時間解析を用いました。また、答えが 合っていたときにだけ、二度目に同じ問題を見たときに答えるのが早くなり(図4)、かつ確信 度も上がりました。このことから、一発学習が正しく成立したかどうかは、同じ問題を二度目 に見たときの反応から確認できました。この応用として、何が見えたか答えを報告してもらわ なくても、反応時間の差などから正答だったか当てることができるようになるかもしれません。 さらに、答えの確信度と、客観的な正答率が正の相関を示しました(図5)。答えを聞く前に、 自分の答えが正しいか間違っているか分かっていることになります。すなわち、正確にメタ認 知(「自分が認知していること」を認知していること)できていたということを意味しています。

<まとめとポイント> 1,新しいアハピクチャーの作成手法および提示方法を開発。アハ体験研究の可能性を広げる 2,それを使って、流暢性理論が視覚的一発学習において成り立つことを示唆した 3,初見だけでなく、二回目に同じ絵を見たときの反応を調べることで、正しく一発学習できていたかどうか確認できた 4,答えを聞く前に、自分の答えの正誤が分かる=正確にメタ認知できていることがわかった 5,この手法を用いて様々な難易度のアハピクチャーを作成でき、今後の研究に応用できる

図1、モーフィングを用いて適度な難易度のアハピクチャーを作成する ※

図2、30 種類の刺激それぞれの難易度(モーフィングレベル/反応時間)の分布 (※ 図1の答え:上から、ワニ、サクランボ、自転車)

図3、流暢性理論の検証(横軸:左に行くほど流暢性高い、縦軸:上に行くほど確信度高い)

図4、横軸:モーフィングレベル/反応時間、縦軸:まだ気づいていない人の割合 1 回目と 2 回目それぞれの回答の正誤で試行を 4 通りに分類して分析: (a) 誤答・誤答、(b)誤答・正答、(c)正答・誤答、(d)正答・正答 (d)の 1 回目と 2 回目ともに正答の場合のみ、2 回目に 1 回目より正答時間が早くなっている = 正しく一発学習して覚えていた場合にだけ、2 回目以降答えに早く気づける

図5、横軸:確信度と縦軸:正答率の関係(1 回目も 2 回目も正の相関)

最後に、論文タイトルにある「カムフラージュを見破る装置」というのは、神経科学者の V.S. ラマチャンドランが、ヒトも含めた動物が、部分的に遮蔽された物体(たとえば天敵など)を 見つけるために主観的輪郭(例:カニッツァの三角形)などを知覚するような視覚系を発達さ せたという説を唱えるのに導入した概念です。視覚系がさらに進化して、その延長線上にアハ ピクチャー知覚があると考えれば、一般化した「カムフラージュを見破る装置」として視覚的 一発学習を捉えることも出来るのではないかという思いを込めました。

この成果は Springer 社の刊行する学術誌 Cognitive Neurodynamics に掲載される予
定です。それに 先駆け、オンライン電子版が 8 月 30 日付けで出版されました。

<問い合わせ先> 石川哲朗 tetsuoishikaha@gmail.com 東京工業大学 大学院博士後期課程 ソニーコンピュータサイエンス研究所 実習生

茂木健一郎 kenmogi@qualia-manifesto.com ソニーコンピュータサイエンス研究所 シニアリサーチャー

9月 2, 2011 at 08:16 午前 |