水だよね?
シンポジウムの最中から、外の様子が気になっていた。
声楽の連中が、声を上げているのが聞こえる。オペラや、流れていくのや。風のようすで伝わり方が変わる。一度は、はっきりと『大地讃頌』だとわかった。
一ノ瀬くんががんばったシンポジウムが終わって、ふらりと夕暮れの音楽キャンパス。根津方面にでも行こうか、と歩いていると、ふしぎな男二人がいた。
たらいに水を入れて、その水の中に何か入っている。
「何をしているの?」
「水です。」
「ん?」
「水です。でも、生きているのです。持ってみてください。」
なにか、ぶよぶよしたものが入っている。透明で、うすくて。水がぶよぶよしている。
「気持ちいいな。でも、このぽっちみたいのは、本当はない方がよかったんだろう?」
「違うんです。それは、ヘソなんです。」
「ん?」
「この生きものがうまれるときに、へそがあって、それをちぎったんです。」
たらいの水の中に、ビニルにつつまれた水がある。一カ所や二カ所に、ひねった場所がある。それは生きた水で、それはヘソなのだという。
純真なる子どもが来たから、ぼくは声をかけた。
「おい、きみ、こっちに来てごらん。この水、生きているんだって。」
「カルキが入った水の中でも、この水は生きています。」
「水だよね?」
「持ってかえって、飼っていると、この水は生きています。」
「水だよね?」
4歳くらいの男の子は、最初はおずおずと、やがて決然と水を触り始めた。お姉さんらしい6歳くらいの女の子は、目をきらきらさせながら水を触っている。
「こいつら、この思い出ずっと忘れないぜ。藝祭に来たらさ、こんな水のいきものがいて、お前らがいて。」
「おっぱいも出ているし。」
「そこじゃない!」
そいつらは、上半身裸で、その上に何かをまとっていた。
藝祭に行ったら、水の中にへんな生きものを泳がせている男二人がいた。先端だったか、デザインだったか、一年生だったか、二年生だったか、さわやかな雰囲気の男たちだった。
違った、一人は四年生で、来年電通に入るんだった。
ぼくは、根津へと植田工たちと歩きながら、思った。
水だよね?
うん、水だよ、と空の雲がかわりに答えてくれた。
9月 5, 2011 at 06:58 午前 | Permalink
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