くりくりのハチと白い身のアゲハチョウ
「なべちゃん」あるいは「くまんばち」こと、渡辺倫明が「あっ、三代目いるかな」と言ったのでついていった。
藤多さんや山本さんも楽しそうである。
実際には四代目だった。なべちゃんが、兄弟の4人目だと思った、などとぐずぐ言っている。
にこにこ笑って、「若冲のいいのが入りましたんですが、ご覧になりますか?」と言われる。
「えっ! ぜひ!」
間髪をいれずにお願いした。
「おい、二階あいているかな。」
「あいてます。」
階段を上る。四代目主人が、箱から取りだして、するすると巻物を開いてかける!
未知のものが開かれる瞬間の、なんとも言えない期待感。
「あっ!」
正式にはなんというかわからないけれども、「群虫図」だった。
一目みて素晴らしいと思い、じっくり見ているうちにほれぼれする。
右上に一匹の蜘蛛がいるけれども、その巣糸の処理が見事である。造形化されていて、抽象絵画のようでもあり、光の差し方が様式化されている。
虫食いの葉があって、ムカデやイモムシが隠れている。ムカデがいかにもかわいい。ムカデがかわいいというのは、尋常ではないようだが、若冲が描くと、なんとも可憐なのだ。
そして、一匹のハチが葉っぱの上でこっちを向いている。こやつもかわいい。若冲の絵では、描かれた生きもののうち、一つが正面に向いていることがよくあって、どうやら画家自身らしい、と思うけれども、このハチはどうやら若冲だった。
そして、右下には、クロアゲハ。羽根の模様は現実に近いけれども、なぜか身体が真っ白である。上に飛んでいる白蝶とくらべても、さらに抜けたように白い。
「アゲハのからだが白いね。」となべちゃんにささやく。
「この世のものではないからでしょう。」となべちゃん。ぼくは、はっとした。
七十七歳と署名がある。「たしかこの年あたりに、弟が亡くなったのではなかったでしたか。」
絵に、二つの中心ができた。こっちをクリクリ見ているハチと、真っ白なからだのアゲハと。
若冲は仏教に帰依して、その絵は、いきとしいけるものに対する祈りに満ち溢れている。
(四代目御主人によると、本作品は雑誌『國華』に掲載されるとともに、いくつか展覧会も決まっているのだそうです。)
夕食時、まだ若冲のことを思いだしていた。
「いやあ、あの、輪郭を、薄く残して、くっきりさせるという手法も、よかったねえ。」
くりくりのハチと白い身のアゲハチョウが私の心に住み着いて、虫食いの葉の上で動き回っている。
9月 6, 2011 at 07:46 午前 | Permalink
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