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2011/08/25

最高の贅沢

シンガポール国立大学。エイドリアンや稲蔭さんと楽しい時間を過ごした。

フェリックスが運転して、わいわい動いて、レストランで、みんなで食事。アーノが来た。分けようと思って、ラクサを頼んだら、ひとりで食べていいよとみんなが言う。

「君とぼくのが混ざっちゃうから」
フェリックスがよくわからないことを言って笑ったから、ぼくは仕方がないから「辛いよう」と言いながら全部食べた。

稲蔭さんに、じゃあ行きます、と声をかけて立った。アーノと移動する。アーノたちが作ったJapan Lifeは100万ダウンロードを達成したそうだ。凄いなあ。

イリヤに電話して、また、天使たちのところに行くことにした。稲富さんも来るらしい。

パークビュー・スクエア。バー「Divine」に入ると、アーノがあたりをくるくる見回している。

「まるで1930年代みたいだね。」

「すごい! イリヤも、1920年代だって言っていたよ。ぴったり。」

そもそも、イリヤと会ったのは4年くらい前。パトリシア・チャーチランドのところで神経哲学をやったイリヤ。プラグマティズムや、クオリアや、デネットや、政治や、経済や、いろいろなことについてのイリヤの見解を、ぼくはとても尊重している。

イリヤが来た。アーノが、「ぼくはフランス人だから」とワインを選んだ。

天使が飛ぶ。ワイヤーを自分で操作して、ワインセラーの高いところまで行って、降りてくる。「やっぱり、高級ワインは高いところにあるのかな。」とアーノ。「今日の天使は、かわいいね。」とイリヤ。

いろいろな話をした。アーノが来たおかげで、イリヤが「ゲーマー」だということを知った。オタクのこととか、マニアのこととかふたたび。何が人を幸せにするか、そんな話になった。ぼくは、「知性」が一番の贅沢だと思う、と言った。

「最近はね、いろいろな人に会うでしょ。でも、どんなにお金持ちでも、若くてキレイでも、権力を持っていても、肩書きがあっても、ぜんぜん心が動かない。ぼくはね、本当の意味で知性がある人、そこに心が動く。知性って学力ではないし、学歴でもないし、それはゲームに熱中したり、恋をしたり、失敗したり、でもチューリングの論文を読んで、ヴィトゲンシュタインの論理哲学論考や後期のを読んだり、プルースト読んだり、とにかくわーっと走って、それで出来上がっていくもの。必ずしも市場で評価されたり、報われたりするわけじゃないから、でもそれが最高の贅沢。知性を自分の中に育てるのが、最高の贅沢。そしたら、時間がいくらあっても足りないよ。ぼくはね、フランスのポストモダニズムの哲学だって、自分で読みたいと思っているほど読めていない。もちろん、フランス語で(アーノが反応する)。こうしてイリヤと話している時間も、知性を養うという意味で、最高の贅沢。別に、明日から生活の何に役立つ、というわけではないけどさ。」

アーノがイリヤに聞いた。

「イリヤ、ケンが言ってたけど、ソクラテスがもし現代に生きていたら、コメディアンになっていたろう、というのはどういう意味だい?」

イリヤが、おでこをてかてかさせた。

「それはそうだと思うよ。見てみて。現代の世界で、タブーに挑戦し、前進的な見方を、それを必ずしも自らも求めようとしない人たちにも提供しているのは誰だと思う。それは、コメディアンだよ。人々と問答し、気づきを与え、タブーを破った、そんなソクラテスは、今ではコメディアン。」

ぼくは、『悦ばしき知識』の中の、「悲劇の時代が終わり、喜劇の時代が来る」というニーチェの予言について思い起こさざるを得なかった。

「それにしても、ニーチェのルサンチマンの概念が、倫理の起源についての現代的視点から見てどのように評価されるか、ゆっくりと考えてみたいなあ。」

Gay Scienceっていう、『悦ばしき知識』の英訳タイトルいいね。

8月 25, 2011 at 10:47 午前 |