« 塩谷賢の『トリスタンとイゾルデ』その3 | トップページ | 沖縄クラシック! »

2011/01/31

おじさん温泉。 承前。

ここまで書いたある冬の日、私は東京駅のホームに立っていた。新幹線「とき」に乗車して、越後湯沢に出かけるのである。

とは言っても、スキーのストックを持っているわけではない。リュックを背負って、きわめて怠惰に、うだうだと歩く。すると、向こうからもうだうだと歩いてくる人がいる。うだうだとうだうだの視線が合うと、さっと目を逸らし、申し合わせたように二号車に乗り込んでいく。

椅子に座って、ふうとため息をつくやつがいる。列車が出る直前に飛び込んでくるやつがいる。ちょっとくたびれたおじさんたちが三々五々。最初は伏し目がちだが、やがて目を合わせてニカッと笑った。

さあ、今年もその時がやって来ました「おじさん温泉」。おじさんというのは、別にそう思っているわけではなくて、他人に言われる前に自分で言ってしまおうというのである。
今年も、自らおじさんと名乗る潔い男たち6名が、上越新幹線「とき」の車内に乗り込んだ。

本来、年末に行うのが吉例となっているのであるが、年末がみな忙しくて年初に流れた。しかし、一月も下旬になると、もう「新年会」という気分ではない。

そもそもおじさん温泉の起源は、科学作家の竹内薫、イラストレーターの井上智陽、そして「おしらさま哲学者」の塩谷賢で、岩手県の花巻にでかけたのが最初だった。竹内は、そのころ、宮澤賢治についての本の準備をしていて、その取材を兼ねていたのである。

以来、その時々にメンバーを変えつつも、「おじさん温泉」は二十年近く続いてきた。一貫したポリシーは、「女人禁制、女の話もするな」。「飲んでもくずれるな、くずれたら寝ちまえ」「他人の布団に入り込むな」「酔い覚めの水は、腰に手を当てて飲め」と、清く正しいおじさんたちの酒宴としての矜恃を保ってきたのである。

軟弱になっていく世の中で、これまで頑なにまで守られてきた「女人禁制」のポリシー。唯一の例外は、竹内薫の妹の、さなみさんが参加した時かもしれない。細面の美人であるさなみさんが参加することで、殺伐たる荒野に一輪の梅がぽっと灯ったような気分になったものである。そして、心なしか、竹内薫の表情も、いつもより柔和になったような気がした。

時代の波に翻弄されつつも、しぶとく続いてきた「おじさん温泉」。近年になってのコアメンバーは、筑摩書房の増田健史、NHK出版の大場旦という「最凶編集者コンビ」。道行く人に「関取ですか!」と声をかけられ、お腹をポンポンと叩かれるという塩谷賢。三年前からは、電通の「乗り物なら何でも」部長、佐々木厚。そしてNHKの「炎のプロデューサー」、有吉伸人が加わった。
この5人に、私を加えた計6名が、「とき」の車内に乗り込んだのである。

いったい、おじさんばかり集まって、何をするというのか。何もしないのである。ただ、温泉に入り、酒を呑み、議論をして、あとは卓球をしたり再び温泉に入ったり、もう一度しつこく酒を呑んでいたりするのである。そして、午前二時くらいになってくると、目がらんらんと輝いて、いよいよ激論が佳境に入るということになる。
 
議論の内容も、「ネグリの帝国概念はウェブの時代にどのように展開されるのか」「日本の後進性は、一周遅れての先進性たり得るか」「意識の問題は、どのように解決され得るのだろうか?」といった真剣なものばかりとは限らない。きわめて下らない、世間の人にとってはどうでも良い話題が盛り上がってこその、おじさん温泉なのである。

あれは数年前、確か修善寺だったか。冬季オリンピックを前にして、「女子フィギュア選手では誰が好きか」という議論になった。私は安藤美姫。大場旦は浅田真央、そして増田健史は中野友加里だと言ってそれぞれ譲らなかった。

「ミキッティが一番かわいいに決まっているだろ。」
「お前には、真央ちゃんの良さがわからないんだ。」
「ゆかりちゃんの、あの笑顔がいいんだよ!」

大場旦も、増田健史も、私も、誰も自分の「イイ!」を主張して、譲らない。かくして、「おじさん温泉」の夜は、むなしい議論のうちに更けていく。

大場旦のあだ名は、「オオバタン」。そのままのようだが、カナカナで書くところに意義がある。また、「旦」という名前については、実は深い悲喜劇の物語があるのであるが、それについては、別の機会に書くこととする。とにかく、オオバタンは、興奮すると、「そんなことはないでしょう」とどんどんテーブルを叩く。その様子が、まるで妖怪のようなので、いつしか「怪奇オオバタン」と呼ばれるようになった。
一方、増田健史のあだ名は、「タケちゃん」、ないしは「タケちゃんマンセブン」。ふだんはタケちゃんだが、煙草を吸ったりしてカッコつけると「タケちゃんマンセブン」となる。かっこつけた時のタケちゃんは、まるでぐれて粋がっている中学生のようである。
信じられないことに、オオバタンもタケちゃんマンセブンも、思想系の硬い本を根城としつつも、さまざまな分野の編集をこなし、いつの間にか、それぞれの会社で、「新書」という時代の最先端を行くセクションの「編集長」を勤めるまで出世してしまった。いったい、世間というものは、どういう場所なのであろうか。

ふだん、つき合う中で、ついつい二人の出世のことを忘れてしまうのであるが、時々、オオバタンもタケちゃんマンセブンも、これではシメシがつかないと思うのであろう。「いつまでもそんな名前で呼ぶな」「オレは編集長なんだ」と思い出したように念を押す。それから、「責任が重いんだ」「エクセルに数字打ち込むの大変なんだ」と額に皺を寄せて、それからため息をつくのだった。

さて、女子フィギュアスケート三選手のうち、どの人が一番良いかという議論は、信じられないことに、ビールから始まり、日本酒、焼酎と次第に深まって、延々と深夜まで続いた。何しろ、当時は、オオバタンもタケちゃんマンセブンもまだ編集長にはなっていない、ヒラの編集者だったから、なかなかに暇だったのである。

「なんと言っても真央ちゃんである!」と叫ぶオオバタンの主張には、迫力があった。もともと、オオバタンには、女の好みの問題になると、必死になるところがある。
 以前、私とオオバタンは、小津安二郎監督の映画に出てくる原節子と杉村春子のどちらがいいか、という問題で激論を交わしたことがある。私が、「何てったって、原節子がいい!」と言うと、「ふふふ。茂木さんは普通だなあ」とオオバタンがあからさまにバカにした。
「そんなことはない! 原節子は永遠である。『麦秋』で、お見合いの話を聞いて帰ってきて、とってもいい人だって、専務さん、おっしゃるのよと言いながらお土産のケーキの包みを縛っていた紐をぽんと投げるところが、何といってもかわいい!」と私が言うと、オオバタンは、
「そんなことはない! 『東京物語』で、笠智衆が夜遅く酒を飲んで帰ってきて、杉村春子が、いやんなっちゃうなあ、いやんなっちゃうなあと言うところがかわいい!」
と言って譲らない。

オオバタンは、「杉村春子がかわいい!」と頑なに主張しながら、ドンドンドンとテーブルを叩いた。そうして、「いやんなっちゃうなあ、いやんなっちゃうなあ」と杉村春子のマネをするのである。
いやんなっちゃうのは、私の方なのである。


おじさん温泉よ永遠に! 一番背景にいるのが私、タオルを巻いている増田健史(タケちゃんマンセブン)、大場旦(オオバタン)。2004年12月。

1月 31, 2011 at 10:57 午前 |