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2010/12/24

「私は画家なのだ」。そう、クレーは日記に書いた。筆先一つの自由。チュニジアで、画家は、この惑星にいきづくという時々刻々の奇跡を再発見したのだろう。

パウル・クレーはチュニジアへの旅で「色彩」に目覚めたと言われている。そのように日記に記している。

一体、どういうことなのだろう。それが今回の旅の一つのミステリーだった。

クレーが滞在したという、海辺の別荘。その横の道を歩きながら、そうかと思った。クレーが目覚めたのは、外の色彩ではない。なぜならば、結果として生まれたのは、写実ではないからだ。むしろ、自分の内なる色どりに目覚めた。しかし、そのためにチュニジアという刺激を必要としたのはなぜか。

人は文脈にとらわれているものではないか。かたちにしても、これはテーブルだととらえればそれ以上は考えずに自らを鎖で縛ってしまう。色もまた同じこと。同じ洪水が見えているのにもかかわらず、まるで生まれ落ちた時のように見るのは難しい。

「私は画家なのだ」。そう、クレーは日記に書いた。筆先一つの自由。チュニジアで、画家は、この惑星にいきづくという時々刻々の奇跡を再発見したのだろう。色彩という生きものが、自分という媒体を通して交情し、佇み、耐える。その時、新しい生態系が生み出される。私たちが生きるのは、実に、何かの媒体となる時にではないか。そこにあるのは無我の喜びである。自分を手放すことでしか、より大きな自分にたどり着くことはできない。

城壁都市の横の海辺を歩く。ボートが砂の上に横たわる。小さな男の子が、父親とベンチに佇んでこちらを見ている。文脈から解き放たれるということ。
 「私は、人間なのだ。」
 枯れていた泉がよみがえる。

 城壁都市の中の迷路のような小径を行く時も、私は迷ってなどいなかった。


12月 24, 2010 at 01:44 午後 |