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2010/12/13

東京大学改革私案

先日池上高志と話していて、東京大学のことを改めて考えた。

現在の「入試」は聖域だという。しかし、そのために外国から学部生をあまりとれない。「ガラパゴス化」が懸念される事態。そこで、現行の理一、理二、理三、文一、文二、文三の区分、定数、入試はそのままに、あらたに定員100人程度の英語で教育を行うLiberal Arts College(以下、略称東京大学LAC、University of Tokyo Liberal Arts College)をつくることを提案したい。

東京大学の教員ならば、英語で授業をする能力がある人は多いだろうから、東京大学LACで開講される授業は、現在東大にいる教員が分担すれば良い。もちろん、新たに国内外から教員を採用しても良い。HarvardやYaleで開講しているようなカリキュラムはもちろん、せっかく日本に来るのだから、日本文学、日本の歴史などの、Japan Studiesの科目、さらには、韓国や中国などの、Asian Studiesの科目も設置すれば、魅力が増すだろう。

最大のポイントは入試で、TOEFLなどの英語能力試験、及びSATなどの学力試験を採用しつつ、essayなどを含む応募書類、さらには面接も併用することが望まれる。

面接の実施に当たっては、ハーバードの入試で採用されているポリシー(http://bit.ly/iahWCT)、すなわち” Our interviewers abroad are normally graduates of the College who volunteer their assistance. If an interviewer is not available sufficiently close to you to make an interview a possibility, the absence of an interview will not adversely affect your candidacy.”が適切だと考える。

東京大学LACには、もちろん、国内からも学生が志願してくることが考えられる。国内、国外の割合がどれくらいが望ましいかは、当局の方で検討すれば良い。

東京大学LACの開講科目は、旧来の東大の学生も受講できるものとする。また、日本語を母国語としない学生で東京大学LACに入学する者の中でも、東京で暮らしているうちに急速に日本語能力が高まるケースも考えられる。そのような学生が、東京大学の日本語で行われている講義をとることも出てくるだろう。

従来の東京大学の伝統はそのままに、新たに英語ベースのliberal arts collegeを付け加える。財源や教室スペースなどの問題さえ解決できれば、このソリューションは、保守派にとっても改革派にとっても利点しかないと思う。関係者の方々にご提案する次第である。文部科学省の方々も、もしよろしければご検討ください。そして、よろしければ、ご協力ください。

日本と、日本の若者に残された時間は、あまりないのである。

12月 13, 2010 at 10:23 午前 |