生きることは、頼りなく、心細いことなのだと感じる。
霧島アートの森を訪れたとき、思い出したことがあった。ちょうど一年ちょっと前、神社から、高千穂峰を見上げていた。三十年以上ぶりに訪れたので、懐かしくて、そしてうれしくて。
子どもの頃、蝶が山頂に吹き上げられてくるという話に胸をわくわくさせて、夜汽車の中眠れずに着いた霧島。確かこのあたりで、と探したキャンプ場は、場所が移動してしまっていた。
昨年の晩秋。あの時、上空にはヘリコプターがたくさん飛んでいた。かわいそうに、小学校の男の子が行方不明になっていて、ニュースでも大々的に報じられていた。綺麗に澄みわたった青空の下、山々の木々は紅葉して。そんな中、ヘリコプターが何機も上空を飛び、拡声器で「○○君、これが聞こえたら、手を振ってください。みんなが君のことを心配しています」と呼びかけていた。
ぼくはその男の子の気持ちになって、あるいは親御さんの心を想像して、胸がつぶれる思いで歩いていた。ひょっとしたら、そのあたりの木立から男の子が出てこないかな、と思っていろいろ探したが、姿は見えなかった。
あの時の高千穂峰は、本当に綺麗だったな。そうして、次第に赤くなっていく空、冷たくなっていく空気が、どんなに美しく、また心細かったことか。
男の子は、結局、その日、見つからなかった。
パスカルは、人間というものは宇宙の中で孤独に打ち震えているのだと書いている。
生きることは、頼りなく、心細いことなのだと感じる。そして、そのことを忘れないでいる人は、他人に対しても優しくなれるのだと思う。優しさは、魂の感じる孤独に比例するのである。
12月 7, 2010 at 08:56 午前 | Permalink
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