« 「私は画家なのだ」。そう、クレーは日記に書いた。筆先一つの自由。チュニジアで、画家は、この惑星にいきづくという時々刻々の奇跡を再発見したのだろう。 | トップページ | 胸騒ぎは続いていた。私は、帰国する遣唐使のような気持ちになっていたのかもしれない。 »

2010/12/26

国家というものを、当たり前のものとして受け止めないこと。ここからいろいろなものが始まっていく。

アクシデント続きの旅で、シャルル・ドゴールに着いたのは深夜だった。明日も朝一番のTGVだから、一刻も早くホテルへ、と思ったら、入国審査が長蛇の列。しかも、全く動かない。

クリスマス・イブ。きっと、係官がもともと少なかったところに、大雪で飛行機が遅れたから、対応しきれていないのだろう。

列に並んでいるフランス人から、歓声と口笛が上がった。よく見えないが、警官が歩いているらしい。抗議なのか、それとも彼らがやってきたことを歓迎しているのか。やがて、警官が入国審査のブースに入って、パスポートをチェックし始めた。さっきよりもさらに大きい歓声が上がる。

『汚れた血』のカラックス監督が東京に来たとき、彼は東京の通りの従順さが気持ちが悪いと言っていた。警官がいないのに、人々が大人しくしている。血の気の多いフランス人気質からすれば、不気味に見えたのだろう。

国家というものを、当たり前のものとして受け止めないこと。ここからいろいろなものが始まっていく。日本は、きっと、スタートラインにも着いていない。だからこそ良い側面もある。日本は従順さを製品にして輸出している。

警官が審査ブースに入ったら、列が突然流れ始めた。ろくすっぽパスポートなど見てやしない。メリー・クリスマス。2010年、世界はウィキリークスを知った。遠い東洋の国にも、やがて、国家見直しの波は確実にやってくるだろう。

凍てつくパリの街。日付が変わって、それでもお腹が空いてみじめで、近くのバーに行き、なけなしのピザを食べた。サンタ帽の若者が騒いでいる。ほんの少しでも、血の気の多いパリの空気を吸って幸せになる。

12月 26, 2010 at 11:55 午前 |