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2010/11/06

日月山水図屏風の頃の日本がどうだったか

ずっとアメリカは遠かったけれども、この数年、やっと近づいてきたかな。

今回の茶会運動でもわかるように、国家の前にまずは個人の自由があり、幸福追求権がある。一切学校に行かずに家庭で教えるホーム・スクールが隆盛しているのも、いかにもアメリカらしい。

日本は、戦国時代はアメリカの感覚に近かったのではないか。自らの基盤は自分でつくり、支える。大名が戦功で領土をもらってがっかりしたという。お茶の名器をもらえると思っていたのだ。そのあたりの美に対する必死なリスペクトも、戦国ならではだ。だとすると、アメリカにもそんな美術があってもいいはずだが。ウォーホルあたりが、後にそんな風に見えてくるのだろうか。

畏友白洲信哉がやっている「白洲正子展」のパンフを見たら、日月山水図屏風が装丁に使われていた。この屏風はいいな。こんな美術が生まれた時代は、日本の誇り。今は、よくも悪くも当代風だ。地上波テレビが好きそうな「美術」を見ると、そこには現代日本人の精神風景が、よく表れている。日月山水図屏風の頃の日本がどうだったかを見るには、現代でも、ある種のアメリカ人の方がかえって参考になるかもしれぬ。


11月 6, 2010 at 09:22 午前 |