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2010/11/05

表現の自由

桑原茂一さんのやさしい笑顔が、心からありがたかった。すべては、茂一さんの大きな愛のおかげ。深謝。

「表現の自由」。プロジェクターで、文字を投影する。心を込めた会場つくり。にこにこしながら待っていると、堀江貴文さんが来た。茂一さんに、「スネークマンショーのCD全部持っています」と。

堀江さんは、勇気のある人だと思う。ぶちこわそうとしてくれる。ぼくも、そういうところはあるのだけれども、この半年くらいで、役割は太陽なのだと悟った気がする。

東京大学は日本人しか受けない、あの入試制度が悪い、ガラパゴス化していると批判していた頃、教授をしている親友の池上高志が何となくツライようにしているのを見て、ああ、もうやめようと思った。

地上波テレビも同じこと。もっとネットの自由に学ぶべきだと思うが、現場で身体を張って作っている人がいるから、潰せなんて言えなくなる。

結局、ぼくは人々は自主的に選択しているのだと信じたいのだと思う。アンチからオルタナティヴへ。本当に素晴らしい、良質の別の選択肢を用意したら、人々はもしそちらが優れていると感じたら自ら進んで移動してくるだろう。

移動しなかったら、それは、その人たちが自ら選択してそうしているのだから、仕方がない。ぼくは、どこかでそう信じているのではないか。

ぼくは、堀江貴文さんは素晴らしい人だと思うし、もし上告が棄却されて塀の中で過ごすことになったら、必ず差し入れに行くから、ぼくが何を持っていけばいいか考えておいてください。もちろん、塀の外にずっといることになったら、それは素晴らしいしそう望んでいます。そして、僕の理想は、実は塀がなくなることです。

何があっても、堀江さんのことは大切に思います。

昨日も言いましたが、自然法に反するものをのぞき、脱犯罪化、刑罰化が文明国の趨勢だと思う。一例を挙げれば、個人の薬物所持、使用は脳の依存症を含む公衆衛生上の問題であって、刑事罰の問題ではない。その点、日本はまだまだ後進国です。

アンチからオルタナティヴへ。時にはつらいけれども、変えようとは思わないよ。

11月 5, 2010 at 08:34 午前 |