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2010/10/16

連続ツイート 「僕が僕であるために」

僕(1)出張先のホテルで、流れで、youtubeで尾崎豊かの『僕が僕であるために』を見た。今までも好きな歌だったし、何回も聞いていたが、昨日の夜はなぜか心にしみ入って仕方がなかった。

僕(2)「心すれちがう悲しい生き様にため息もらしていた」。ためらいがちに、ゆっくりと始まる導入部から、ぐっと惹きつけられる。「人を傷つける事に目を伏せるけど優しさを口にすれば人は皆傷ついてゆく」他者は目に入っている。それでも、自分のあり方を探らずにはいられぬ

僕(3)「僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない」。ここに来て、本当にそうだ、と思った。「勝つ」というのは強い言葉のようだが、実際、僕たちは、「僕であるために」は、勝ち続けなきゃならないんじゃないか。

僕(4)世界についてどう感じるか、何を美しいと思うか、どのように生きたいか。そのような「僕」のあり方を、人はきっとどこかで曲げている。受験、就職、その他の人生の「試練」のさまざまにおいて、世間という大きなものに巻かれ、知らずしらずのうちに屈服している。

僕(5)「正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで」。自分勝手というわけではない。他者は目に入っている。自分と社会のあり方、人と人のあり方について、自分の腑に落ちる「解」があるか。それが見つかるまでは、風に身をさらすしかない。そして、「勝ち続けなきゃならない」。


僕(6)「勝つ」と言っても、点数を競うわけではない。風を受けたとき、それでも「僕」のやり方をつらぬくこと。ひそかに、ささやかに、生き続けることができること。無意識のうちに迎合してしまわないこと。そんな「勝ち」は、やさしさとして表れることもある。

僕(7)尾崎豊の楽曲は、日本語を母語とする人にとっての魂の叫びだが、どれくらい海外で知られているのか。英語の歌はずいぶんとゲタをはいている。広がっていないからといって、価値がないわけじゃない。

僕(8)「君が君であるために 勝ち続けなきゃならない」。日本人は、日本人であるために、「勝ち続けなきゃならない」のではないか。戦争をするわけではない。よーいドンで競争するわけでもない。ただ、僕たちの固有の感性を、グローバルな嵐にもまれながらも、ささやかに保っていたい。

僕(9)「僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない」。尾崎豊の楽曲はいいね。芥川賞、ノーベル賞、文化勲章、すべてに値する。自分の基準を持つこと。マスコミは、尻馬に乗るものだけれども、宝物が何であるかは、自分で決めたい。「「僕が僕であるために」。


僕(10)尾崎よ、ほんとうにありがとう。君には勇気があった。やさしさがあった。コンサートでの、ギターを持った君の歌い出し、間合い、全力疾走の表情、とても素敵です。迷いの中にある日本にとって、君がさらに大切な存在になる日が、きっと来るでしょう。

以上、尾崎豊の『僕が僕であるために』についての連続ツイートでした。

(2010年10月5日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

10月 16, 2010 at 11:50 午前 |