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2010/10/12

連続ツイート 「胸がざわざわすること」

ざわ(1)「私」が、「今、ここ」に、このようなかたちで存在するということには、何の必然性もなかった。そのような考え方が、「偶有性」の根幹にある。そのことに思いたるとき、胸の奥がざわざわしはじめる。

ざわ(2)大野くんのお兄さんにはいつも遊んでもらっていた。お兄さんが中学生になったころ、公園のベンチで遠くを見てぼっとしていた。どうしたの、と聞いたら、「けんちゃんにはわからないかもしれないけど、ぼくくらいになると、いろいろ考えることがあるんだよ」と言った。

ざわ(3)いつも遊んでいた大野くんのお兄さんの、そんな表情はみたことがなかった。中学生になると、自分が何なのか、どこにいくのかざわざわし始める。まだ小学生だったぼくには、そんなお兄さんの表情が眩しかったのだろう。

ざわ(4)夕暮れ、街を歩いているときに、何とも言えぬ不安に包まれることがある。自分を包んでいる社会的文脈がほぐれ、とけ、たった一人で世の中に放り出されているかのように感じるのだ。そのような時、胸の奥が、甘美にざわざわとし始めるのがはっきりとわかる。

ざわ(5)フィレンツェから間違って各駅停車の列車に乗ったとき、周囲がイタリア人ばかりで、そのうちとてつもない不安にかられた。このまま、ずっとこの国で、イタリア語で暮らし、恋をし、生活しなければならないとしたら。解らぬ言葉の響きに包まれながら、胸の奥がざわざわとした。

ざわ(6)子どもの頃、よく空想した。もし、UFOが突然迎えに来たら。君をこれから素晴らしい文明に連れていく。思いもしないさまざまなものに出会える。ただ、君の両親や、友だちにはもう会えないよ。さあ、どうする? そう言われたら、果たしてUFOに乗るか。想像すると、胸がざわざわした。

ざわ(7)希望と不安は、とても近いところにある。お不安が希望の母なのであり、その逆ではない。まずは自分を胸がざわざわする不安の中に置かなければ、希望も生まれようがないのだ。

ざわ(8)南の島に着く。ジャケットを脱ぎ、靴下を放り投げ、時計を外す。次第に裸になっていく。風や太陽と友だちになる。あの時のように、自分を包んでいる社会的文脈を一つひとつ脱いでいくことで、初めて私たちは「不安=希望」の夕暮れ時にたどり着ける。

ざわ(9)The stream flows, The wind blows, The cloud fleets, The heart beats, Nothing will die. / All things will change. (テニソンの詩より。)

以上、「胸がざわざわすること」に関する連続ツイートでした。

(2010年10月3日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

10月 12, 2010 at 08:25 午前 |