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2010/10/29

人生というものは、たとえ割れてしまっても、金接ぎできるものと

紀伊國屋ホールでの講演が終わって、仁藤輝夫さんたちと打ち上げて呑んでいたら、白洲信哉から電話があった。
「肉たべにこないんですか。」しらふしんやが、すっかり白洲信哉になっている。

会いたい気持ちがあった。黄瀬戸が金接ぎして戻ってきたと、10月25日の日記にある。

http://bit.ly/bYTkAt 

「長らく事故で入院していた黄瀬戸盃が完治して戻ってきた。死にたいようなショックだったけど、いまこうして目の前にあるこいつをみていると以前より愛着が増している。接いでくれたかたの愛情も加わっているのであろうか、これから一緒に人生をともにしていきたい。」

金接ぎ、どうなっているんだろう。信哉、元気かな。

今日だけは行かねばなるまいと思った。

外に出たら、雨が降っているが、傘を差すほどのこともない。

見事な金接ぎ。そうして、信哉は口は悪いが肉はうまかった。

あの時も、信哉は肉を焼いていた。やはり伊賀だったかしら。眠ってしまって、はっと覚めたら部屋が真っ暗になっていて、ぼくと、白洲信哉と、池田雅延さんだけが眠っていた。ひどいな、みんな帰ってしまったんだ。

暗い夜道を歩いていると、信哉と池田さんが肩を組んでいる。思えば、あれは、幸せの原風景だったな。

人生というものは、たとえ割れてしまっても、金接ぎできるものと、白洲信哉は教えてくれたんじゃないか。そのことを、「家庭画報」の新年号の原稿に書いたのである。


10月 29, 2010 at 09:03 午前 |