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2010/09/26

連続ツイート 受容

受容(1)人間は、さまざまな容姿、才能、環境の下に生まれてくる。やがてものごころついて、状況が客観視できるようになると、自分にかかわるさまざまことが理想的ではないという事実に、気付き始める。

受容(2)できれば、もっと美しく生まれたかった、賢ければ良かったのに、もっと「素敵な」親だったらよかったのにと悩み出す。思春期にかけて、自分自身を受け入れることができない、心の葛藤が起きる人がいる。

受容(3)いくら悩んでも、自分を変えられるわけではない。自身を受け入れられない人は、ぎこちない。人々の間にいても、何となくのびのびとできない。自分が自分であることに、居心地の悪さを感じている。そのことが、他人に伝わってしまうのだ。

受容(4)どんな状況にあっても、そのような自分をまずは受け入れること。それ以外の自分はないのだと、覚悟を決めること。ここから、自分のユニークさを活かし、生命力を輝かせるための道が開ける。

受容(5)ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』には、喉をヘビに噛まれた男が出てくる。ヘビは、私たちの存在の重さを象徴している。逃れようとしても、自分の存在の芯とつながっていて、どうすることもできないのだ。

受容(6)『ツァラトゥストラはかく語りき』の喉をヘビに噛まれた男は、やがてヘビを噛み切って、笑いながら立ち上がる。彼は自分の存在を受け入れた。その目は太陽のように輝く。人は、自分が自分であることを受け入れることによって、「超人」となるのだ。

受容(7)思春期、『ツァラトゥストラはかく語りき』の喉をヘビに噛まれた男の下りを読んでいて、子どもの頃丸薬がどうしても飲み込めなかったことを思い出した。「これが飲めなかったら死んじゃうとしても?」と親に言われても、どうしてもゴクンとできず、苦い思いをしながら粉薬を飲んだ。

受容(8)人が人として最も輝くのは、自分がどのような存在であるかを一秒一秒痛々しいほどに思い起こすそんな時間ではなく、自分が何ものなのか、他人にどう見えるのかを忘れてしまう「忘我」の時なのだろう。

受容(9)諸外国に比べて、日本がどんなにみっともなく、情けなく、奇妙な場所でも、「これが私の国」と受け入れるしかない。そこで決めた覚悟から、私たちは出発しよう。ないものねだりをしても仕方がない。

受容(10)自分がいつかは死んでしまうという運命を含めて、この地上での存在のあり方の全てを受け入れ、肯定することが、生命のまばゆい輝きへの道である。この思想を、ニーチェは「永劫回帰」と表現した。

以上、「受容」についての連続ツイートでした。

(2010年9月21日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 26, 2010 at 08:26 午前 |