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2010/09/28

連続ツイート 離

離(1)科学的な思考を身につけることの恵みは、いくつかある。そのうちの一つは、「離」(detachment)の精神にあるだろう。「離」の心をもって事態を眺めることで、私たちは真の進歩を遂げることができる。

離(2)ある説が自分によって考えられたということは、その説が正しいということを必ずしも意味しない。それでも、人は、自分の大切な説(pet theory)に肩入れしてしまう。その結果、視野狭窄に陥り、真実に近づくことを自ら妨げる。

離(3)自説を声高に叫ぶことを、hand wavingという。夢中になるあまり、手を振り回して相手に迫る。声が大きいからといって、その説が正しいとは限らない。しかし、世の中はhand wavingで満ちている。

離(4)イギリスに留学していた時、科学的思考を支える離(detachment)の精神の凄まじさを知った。ある説が誰によって提出されたか、その経緯には関係なく、あたかも自分から独立したオブジェクトのように眺める。

離(5)自分の説でも、相手の理論でも、それをあたかも机の上にあるオブジェクトのように眺め、ここが出っ張っている、そこは引っ込んでいると記述する。究極のメタ認知。自分がかわいいという欲動を、消してしまうのだ。

離(6)議論をする時でも、ある問題についてさまざまな角度からアイデアを出し合う。誰がどのアイデアを提出したかが重要なのではない。その問題について、関連するアイデアが網羅されることが大切なのである。

離(7)一通りアイデアが出そろったら、誰のアイデアであるかに関係なく、それらを離の心で比較する。客観的に検討し、ベストなものを選ぶ。そのようなプロセスの中に、科学が科学たるゆえんがある。

離(8)世の中には、離から程遠いものがあふれている。たとえば、国家間の主張。自国の利益を全面に押しだし、相手の主張に一切耳を貸さない。そのような態度は、「離」(detachment)に基づく科学とは最も遠いところにある。

離(9)アマの将棋指しは、ついつい相手をどう攻撃しようかと、自分のことばかり考えている。プロの将棋指しは、相手ならばどんな手を指すかというシミュレーションに時間をとる。自分可愛さという罠から「離」できるかどうかで、力量が決まる。

離(10)自分の利益を考えていると、短期的には勝っても、中長期的には必ずしも最適解に至らない。何よりも、自己中心的世界観を超えた、「普遍」には至らない。科学は、狂気ともいうべき「離」の精神を徹底することで、普遍をつかんできた。

離(11)「離」の精神の放つ冷たくも底光りのする光に比べれば、自己に拘泥している言説は暑苦しく、見通しがわるく、愚かである。世の中にもっと「離」の精神が満ちますように。そのためにも、みな、科学を勉強しようよ。

以上、「離」(detachment)についての連続ツイートでした。

(2010年9月25日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 28, 2010 at 10:22 午前 |