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2010/09/30

連続ツイート 人質

人質(1)人間の認知プロセスは、その時々の状況を認識して、本質的な要素に注意を向けようとする。機能的に見て意味があり、良いことだが、一方で本来は広がりを持つ状況が、人質にとられてしまうということがある。

人質(2)受験生は、本来ふくよかで豊かであるはずの青春を、合格するか、しないかという二者択一で人質にとられてしまう。就活をする人もたった一つの通知にあたかも自分の人生の幸福、不幸がすべてかかっているかのような錯覚を抱く。

人質(3)政治において、single issue politicsが流行るのは、有権者の認知プロセスが単一の課題に人質にとられる傾向があるからである。本当は総合的に判断すべき状況を、たった一つのテーマによって塗りつぶしてしまう。

人質(4)国家間の関係においても、広範にわたる複雑な関係性が、単一の問題によって人質にとられてしまうことがある。時には、片方のあるいは両方の政府が、単一の問題を人質にとって、それ以外のすべてを圧殺してしまうこともある。

人質(5)人質問題は、人間と世界のかかわりの至るところに顔を出す。身代金を要求することが、自分の存在意義だと勘違いする人もいる。身代金をどうやって払おうかと、それだけで頭がいっぱいになることもある。それは、生のふくよかさを裏切る悲劇だ。

人質(6)自分自身の認知の癖から完全に自由になることはむずかしい。しかし、メタ認知を通して、そのような状況を把握することができる。姿を鏡に映しただけで、はっと気付くこともある。人質状況を解きほぐすのは、嘘偽りない自己認識だ。

人質(7)島をめぐる争い。そのことで両岸のひとびとの心がいっぱいになる。不快になり、ストレスを感じる。それが「人質」というもの。「人質」をとった側が居丈高に迫り、注意が集中する。しかし、そのことで自分の人生を凝り固まらせては、ものすごい損だ。

人質(8)単一の問題を拡大する人は、結局、人間の認知プロセスの癖に付けいっている。人質は、ウィルスのように侵入し、蔓延する。私たちは免疫系の作用に期待するとともに、外の空気を吸い、太陽を浴び続けなければならない。

人質(9)羊しかすまない岩礁の行く末が、何億という人の生を人質にとるとは、どうみても常軌を逸している。人質をとって居丈高になる側の未熟さに、つきあう必要などない。くるりと背を向ければ、そこには、人質以前の世界がくめども尽きぬ豊かさをもって広がっている。

人質(10)だからぼくは、今日も、自分にとって大切な問題を、粛々と進めていきます。

以上、「人質」についての連続ツイートでした。

(2010年9月27日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 30, 2010 at 07:57 午前 |

連続ツィート 大乗

大乗(1)どんな分野であれ、長くやっていると詳しくなってくる。学者なんかが典型。そういう人から見れば、素人がばかに見える。こんなこともわからないのかとおごり高ぶる。傲慢な人は大学にごろごろ。そこに、人間として避けねばならぬ罠がある。

大乗(2)Isn't that what you're paid for? プロで、金もらってやってるなら、詳しくて当然。それでおごり高ぶっちゃダメだ。何も知らない人に、いかに本質を説くか。その心遣いに、人間としての無限の奥行き、愉しみがある。

大乗(3)「お坊さん、私は死んだら極楽に行けますかね?」とおばあちゃんに聞かれる。そんな時、「そもそも仏教では無記と言って」などとごたくを並べてはいけない。「そりゃあそうだよ、苦労したお婆ちゃんが行けなくて、誰が行けるの?」そう言い切る南直哉さんの見識とやさしさ。大乗。

大乗(4)仏像というのは、よく出来ている。難しい理屈などわからない衆生に、ただ、そのたたずまい、表情でありがたい何かを伝える。昔は文字を読めない人も多かった。教典など遠い。仏像は、そこにあるだけで衆生を救う。ありがたい。

大乗(5)興福寺にある国宝の無着、世親像。(http://bit.ly/aOsUNC)何も難しい理屈は言わない。ただ、そのあり方で、慈悲というもの、苦しみ、哀しみを引き受けるということ、自分を捨てるということを伝えている。ありがたい。

大乗(6)時間の流れが、大乗の本質にある。本当の理屈はこうだと言っても、そんなもん勉強している暇は、ないんだよ。生命の時間は過ぎてしまう。今、ここで、いかに本質を伝えるか。そのことがわかっている人は、思い切って飛んじまう。うだうだしている暇なんて、あるか。

大乗(7)テレビは自称学者にバカにされがちだけど、そいつらは大乗が判っているのか? 画面から一瞬で伝わることもあるかもしれぬ。ありがたい仏像のようにね。そのことを理想として抱いているテレビ関係者はどこかにいるかもしれないよ。

大乗(8)ペレルマンが、5年間キノコ採りながらポアンカレ予想について考える。それは彼の人生の素晴らしい恵み。極論すれば、その詳細をすべて追えと押しつけるのが専門バカ。ポアンカレ予想の本質を表す仏像を彫ろうというのが、表現者。表現者は言い訳をしない。

大乗(9)台風一過のさわやかな朝、大乗について考える。自分の大切なことについて、掘り下げる。積み上げる。一方で、通り過ぎる人の歩みを思わずとめる、一体の仏像を彫ることを志す。言い訳しない表現、投げだした人生はたのしい。カンラカンラと笑って過ごそうじゃないか、諸君!

以上、「大乗」についての連続ツイートでした。

(2010年9月26日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 30, 2010 at 07:53 午前 |

あさりのお兄ちゃん

研究所から連れ立って、ひさしぶりに「あさり」に行った。

あさりは、五反田駅からソニー通りをしばらく行ったところにある。ぼくたちにとっての聖地。ゼミのあとにあさりに行くことができれば、もうそれは幸せ。ぼくが忙しくなってしまって、なかなかその機会が訪れないのだが。

学生たちと飲むことは、とても大切。他愛もない話をしながら、彼らの生きるリズムみたいなものを探る。元気なのか、何を考えているのか、どんな興味を持っているのか、将来に不安はないか。「よし、がんばろう」と確認する。何か伝わるんだよね。

あさりには、ずっと、「お兄ちゃん」がいた。色の黒い、元気なお兄ちゃん。明らかに外国の人だと思っていたから、流暢な日本語でてきぱきと働く様子に最初はびっくりした。

ぼくはせっかちだから、ビールが運ばれてきたあと、すぐにつまみを注文しようとすると、兄ちゃんは、「まあ、一つ、乾杯してからにしてください」と促す。本当に気の良い、よく気付くお兄ちゃん。ぼくたちにとってのあさりは、お兄ちゃんなしには考えられなかった。

そのお兄ちゃんが、バングラデシュに帰ってしまったと聞いたのは、半年ほど前。お母さんの調子が悪かったのだという。未だ見知らぬ、遠い国。お兄ちゃんは、どんなところにいるのだろう。大切な人が、人生から消えてしまったように感じる。

あさりのおやじさんと喋った。お兄ちゃん、あさりには20年もいたのだという。そんなに長くいたんだから、きっと、日本の女の人と結婚しているのかと思ったら、実は独り身だったのだという。

気の良いお兄ちゃん、どんなことを考えて、何を感じて日本で働いていたのかな。

「まあ、一つ、乾杯してからにしてください」という、お兄ちゃんの言葉がもう聞けないのが残念。人生においてかけがえのないものは、それが消えてしまってから初めてわかる。


あさりの兄ちゃん。2008年11月28日。


あさりの兄ちゃん。2009年5月22日。

9月 30, 2010 at 07:42 午前 |

2010/09/29

座れないのです。

昨日、和式と洋式のトイレについてのつぶやき(トイレの「和洋考現学」)をしました。

男子トイレの洋がいっぱいのとき、和にためらいなくそそくさと入る人を見て、「せっぱつまってる」と思うのは自然なことでしょうか、神様!

そうしたら、たくさんの方々がおもしろい返事をくださいました。
ありがとうございます。

「私は和の方を選ぶ」という方々も多く、圧倒的に「洋」が好きな私は、「へえ、そうなんだ」と驚きました。

その後、街を歩いている時に、「あっ!」と思いました。自分が和のトイレが苦手な理由が、わかったからです。

座れないのです。いわゆる「うんち座り」をすると、両足をつま先立ちにしないと、バランスがとれない。かかとを地面につけてしまうと、後ろに倒れてしまうのです。

だから、和に入っているときは、まさかずっとつま先立ちするわけにもいかないので、前に何かつかまるハンドルのようなものがないと、安定を保てないのでした。

ハンドルがないトイレも多く、そのような時「和」に入ると、手をつっぱって必死になってバランスをとるのです。

この、かかとをつけると後ろに倒れるというのは、端から見るとおもしろいらしく、子どもの頃、「茂木、すわってみろよ」と言われて、必死になってバランスをとっていると、チョンと押されて、後ろに倒れて、笑われたものです。

ちゃんとかかとをつけて「うんち座り」をしてもバランスがとれる人もいる。子ども心にうらやましいと思っていました。

ぼくはかかとをつけて座れないのです。だから、和式トイレはひやひや。いつすってんころりんするかと心配しながら、入っているのであります。

9月 29, 2010 at 12:35 午後 |

2010/09/28

連続ツイート 離

離(1)科学的な思考を身につけることの恵みは、いくつかある。そのうちの一つは、「離」(detachment)の精神にあるだろう。「離」の心をもって事態を眺めることで、私たちは真の進歩を遂げることができる。

離(2)ある説が自分によって考えられたということは、その説が正しいということを必ずしも意味しない。それでも、人は、自分の大切な説(pet theory)に肩入れしてしまう。その結果、視野狭窄に陥り、真実に近づくことを自ら妨げる。

離(3)自説を声高に叫ぶことを、hand wavingという。夢中になるあまり、手を振り回して相手に迫る。声が大きいからといって、その説が正しいとは限らない。しかし、世の中はhand wavingで満ちている。

離(4)イギリスに留学していた時、科学的思考を支える離(detachment)の精神の凄まじさを知った。ある説が誰によって提出されたか、その経緯には関係なく、あたかも自分から独立したオブジェクトのように眺める。

離(5)自分の説でも、相手の理論でも、それをあたかも机の上にあるオブジェクトのように眺め、ここが出っ張っている、そこは引っ込んでいると記述する。究極のメタ認知。自分がかわいいという欲動を、消してしまうのだ。

離(6)議論をする時でも、ある問題についてさまざまな角度からアイデアを出し合う。誰がどのアイデアを提出したかが重要なのではない。その問題について、関連するアイデアが網羅されることが大切なのである。

離(7)一通りアイデアが出そろったら、誰のアイデアであるかに関係なく、それらを離の心で比較する。客観的に検討し、ベストなものを選ぶ。そのようなプロセスの中に、科学が科学たるゆえんがある。

離(8)世の中には、離から程遠いものがあふれている。たとえば、国家間の主張。自国の利益を全面に押しだし、相手の主張に一切耳を貸さない。そのような態度は、「離」(detachment)に基づく科学とは最も遠いところにある。

離(9)アマの将棋指しは、ついつい相手をどう攻撃しようかと、自分のことばかり考えている。プロの将棋指しは、相手ならばどんな手を指すかというシミュレーションに時間をとる。自分可愛さという罠から「離」できるかどうかで、力量が決まる。

離(10)自分の利益を考えていると、短期的には勝っても、中長期的には必ずしも最適解に至らない。何よりも、自己中心的世界観を超えた、「普遍」には至らない。科学は、狂気ともいうべき「離」の精神を徹底することで、普遍をつかんできた。

離(11)「離」の精神の放つ冷たくも底光りのする光に比べれば、自己に拘泥している言説は暑苦しく、見通しがわるく、愚かである。世の中にもっと「離」の精神が満ちますように。そのためにも、みな、科学を勉強しようよ。

以上、「離」(detachment)についての連続ツイートでした。

(2010年9月25日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 28, 2010 at 10:22 午前 |

連続ツイート 愚

愚(1)ずっと創造性とか脳のポジティヴな側面に惹かれてきたが、最近になって、待てよ、負の部分も考えようと変わってきた。気になるのは人間の「愚かさ」。しかも、どうやら良い愚かさと、悪い愚かさがあるようだ。

愚(2)ネット上では、悪い愚かさを散見する。隣国に対して、ステレオタイプな偏見を抱いて反省しない。人を揶揄したり、決めつけたりして、自分は棚に上げる。そのような人は、見ていてツライ。

愚(3)一方、友人に対して、「お前はバカだなあ」というのがほめ言葉になることがある。たとえば、田森佳秀(@Poyo_F)が数学についてあれこれと遊んでいるのを聞いたとき。田森、またやっているんだ、バカだなあ、はははと気持ちが良い。

愚(4)悪い愚かさは、結局、「閉鎖」に向かう。ホームレス支援の話を聞いた。偏見を持って、表面的な「安全」や「安心」ばかりを言う人たちがいるという。そのような「愚かさ」は、自分たちを固定的にとらえ、成長から遠い。

愚(5)一方、良い愚かさは、結局、無防備ということだ。自分を守って、狭い世界に留まるのではなく、むしろ投げだしてしまう。ほらよ、とばかりに、偶有性の海に投げだしてしまう。そのような愚かさは、成長に通じる。そんな愚かな人が好きだ。

愚(6)清水次郎長が、森の石松のことを、「バカは死ななきゃなおらない」という。この時の「バカ」は、無防備な良いバカだ。石松は、自分を守ることを知らず、鉄砲玉のようにどこでも飛んでいっちまう。そのうち、都鳥一家にほんとにやられちまう。そんな石松の愚かさを、次郎長は愛す。


愚(7)「もっとバカになれよ」とか、「あいつは本当にバカだなあ。」という時のバカは、自分を捨てて、無防備に飛び込んでいってしまう、そんな愚かさを示している。私の大切な友人たちの間では、このような「バカ」は最高のほめ言葉だ。

愚(8)自分の小さな価値観に凝り固まって、他人や世界を見下して喜んでいる。そんな「バカ」と、無防備に自分を投げ出す「バカ」。まったく対極の生き方が同じ言葉で表現されているから、時々混乱する。「開かれた愚かさ」と「閉じた愚かさ」を区別することが、必要だと思う。

愚(9)私の愛しい人たちよ、無防備に自分を投げだし、偶有性の海でもまれる、そんな良い意味での「愚」を決して失わずに、せっかくの人生、自分の底にある可能性を、思いきりぜんぶ引き出しちまおうじゃないか。

以上、「愚かさ」についての連続ツイートでした。

(2010年9月24日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 28, 2010 at 10:20 午前 |

2010/09/26

連続ツイート 月

月(1)きのうは満月だった。月見をするのは心愉しい。しかし、月見をするのに理想的な場所は、都会ではなかなか望めない。ススキ、心地良い風、大きく開いた空。理想的な月見をするための環境は、「点」ではなく「面」。月見は、私たちの心の中に大切にしまわれた仮想となった。

月(2)以前、新潟県十日町にあるジェームズ・タレルの「光の館」を訪れた。切り取られた天井から見る空が、まるで絵のような平面に感じられる。日が落ちて、周囲で虫が鳴き始めた。大きな縁側に寝転んで見上げる月。理想的な月見の環境が、そこにあった。

月(3)ものごころついて、最初に好きになったクラシックはベートーベンの『月光』である。ブレンデルのLP。目を閉じて、月光が湖面にきらめいているところを想像した。第二楽章の底光りする明るさにも惹きつけられた。

月(4)写真集『月光浴』で著名な石川賢治さん。その中に、月の明るさが太陽の465000分の1とある。なるほどと思うと同時に、不思議な感じがした。数字から質への飛躍。想像の中で、何度もたくさんの月を集めて太陽にしてみた。

月(5)石川賢治さんから、「月光浴」で写真をとることの難しさをうかがった。シャッターを開放して、一夜に撮れるのは一枚。満月は月に一度。気象条件などを考えると、これからの生涯で、撮りたい場所をすべて回れるかどうか。

月(6)ふだんは、青空というスクリーンが地球と宇宙を隔てているのだと石川賢治さんは言う。月光で照らし出されると、宇宙と地上のさまざまが直接結びつけられる。私たちの「今、ここ」が永遠と響き合う。

月(7)街灯に汚染された都会でも、影の角度で、月明かりがそれとわかることがある。声高に自分を主張するものではなく、ひそやかにそこにあるもの。耳を傾けることで、精神のダイナミックレンジが研ぎ澄まされる。

月(8)進化論のチャールズ・ダーウィンの祖父、エラスムス・ダーウィンは、バーミンガムで「ルーナーソサエティ」という月例の会を開いていた。満月の夜に集い、さまざまなことを語り合うのである。帰り道が明るく照らし出されているので、満月の夜を選んだという。

月(9)「月の」(ルーナー)という言葉には、「狂気」という意味がある。たまには、太陽や文明の明かりに背を向けて、かすかな月のメッセージに心を向けたい。「狂気」の中にしか、本当の創造への道はない。

以上、「月」についての連続ツイートでした。

(2010年9月23日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 26, 2010 at 08:37 午前 |

連続ツイート 走

走(1)子どもの頃から、ずっと走っている。小学校の時は、学校が始まる前に校庭をぐるぐる回っていた。ある日には、放課後に、トラックを30周くらいした。

走(2)短距離は苦手だったけれども、中長距離は得意になった。学年で2、3位になった。それで、市内持久走大会の代表に選ばれたりもした。

走(3)持久走の練習は苦しかった。あまりにも苦しくて、向こうからトラックが来るとぶつかった方がラクなんじゃないかと思った。なぜか、ずっと、山口百恵の「あなたにおんなのこのいちばん〜」というメロディーが聞こえていた。

走(4)持久走大会の本番、スタートで出遅れた。なにしろ短距離走は苦手。見に来ていた女の子たちが「あら」という顔をした。それで、途中で徐々にみんなを抜かしていったので、競技場に帰ってきたときはみんなびっくりしていた。

走(5)今日まで、ずっと走り続けている。なぜ走るのかと言えば、走っている時の自分が好きだからだろう。スポーツ早歩きはあまり好きではない。がーっと何かが乗り移ったように、モードが変わっている、その状態が好きだ。

走(6)走ると、アタマが空っぽになる。私がストレスに強いのは、走って鍛えたからかもしれない。歩行禅という瞑想の方法があるそうである。私の場合、走行禅というべきものを実践してきた。

走(7)持久走から学んだものは何か。一度始めたら、やめない。小学校の時は、蝶の研究をずっとやった。クオリアについて考え始めたら、考えるのをやめない。一生考え続ける。私はしつこいのだ。

走(8)走る習慣を持っている人は、会って話していると、何となくわかる。身体を動かしてエキササイズする必要は必ずしもない。仕事でも、生きることでも、走り始めて、そう簡単にはやめない。そんなガッツを持っている人たちと、ぼくは意気投合する。

走(9)走っていて、ふと足をとめて、見えてくる風景が良い。静止しているということが、奇跡のように思えてくる。詳細がありありと見える。走っていると、時折ぼんやりと佇む、その時間の流れが恩寵となるのだ。

走(10)ぼくは走る。今日も走る。走ることで、自ら風をつくることができる。生きている限り、走り続ける。走るのをやめるのは、きっと、この世にオサラバする時だろう。

以上、「走る」ことについての連続ツイートでした。

(2010年9月22日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 26, 2010 at 08:32 午前 |

連続ツイート 受容

受容(1)人間は、さまざまな容姿、才能、環境の下に生まれてくる。やがてものごころついて、状況が客観視できるようになると、自分にかかわるさまざまことが理想的ではないという事実に、気付き始める。

受容(2)できれば、もっと美しく生まれたかった、賢ければ良かったのに、もっと「素敵な」親だったらよかったのにと悩み出す。思春期にかけて、自分自身を受け入れることができない、心の葛藤が起きる人がいる。

受容(3)いくら悩んでも、自分を変えられるわけではない。自身を受け入れられない人は、ぎこちない。人々の間にいても、何となくのびのびとできない。自分が自分であることに、居心地の悪さを感じている。そのことが、他人に伝わってしまうのだ。

受容(4)どんな状況にあっても、そのような自分をまずは受け入れること。それ以外の自分はないのだと、覚悟を決めること。ここから、自分のユニークさを活かし、生命力を輝かせるための道が開ける。

受容(5)ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』には、喉をヘビに噛まれた男が出てくる。ヘビは、私たちの存在の重さを象徴している。逃れようとしても、自分の存在の芯とつながっていて、どうすることもできないのだ。

受容(6)『ツァラトゥストラはかく語りき』の喉をヘビに噛まれた男は、やがてヘビを噛み切って、笑いながら立ち上がる。彼は自分の存在を受け入れた。その目は太陽のように輝く。人は、自分が自分であることを受け入れることによって、「超人」となるのだ。

受容(7)思春期、『ツァラトゥストラはかく語りき』の喉をヘビに噛まれた男の下りを読んでいて、子どもの頃丸薬がどうしても飲み込めなかったことを思い出した。「これが飲めなかったら死んじゃうとしても?」と親に言われても、どうしてもゴクンとできず、苦い思いをしながら粉薬を飲んだ。

受容(8)人が人として最も輝くのは、自分がどのような存在であるかを一秒一秒痛々しいほどに思い起こすそんな時間ではなく、自分が何ものなのか、他人にどう見えるのかを忘れてしまう「忘我」の時なのだろう。

受容(9)諸外国に比べて、日本がどんなにみっともなく、情けなく、奇妙な場所でも、「これが私の国」と受け入れるしかない。そこで決めた覚悟から、私たちは出発しよう。ないものねだりをしても仕方がない。

受容(10)自分がいつかは死んでしまうという運命を含めて、この地上での存在のあり方の全てを受け入れ、肯定することが、生命のまばゆい輝きへの道である。この思想を、ニーチェは「永劫回帰」と表現した。

以上、「受容」についての連続ツイートでした。

(2010年9月21日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 26, 2010 at 08:26 午前 |

2010/09/25

絆(きずな)

小倉で奥田知志さんに会った。会場に向かう車の中で、もう話し込む。

最近は若いホームレスが多い。ハウスレスじゃなくて、ホームレス。親がいて、居場所がわかっているのに連絡をとらない。こんな自分は見せられない。自殺する危険性もある。

絆が失われてしまっている。

人を人として成り立たせているのは、絆(きずな)。それが失われてしまった社会は、危うい。

講演会が終わって、奥田さんとあちらこちらを回る。22年前、活動を始めた。10年前にNPOになった。施設をつくろうとすると、周辺から反対が起こることがある。「安全」「安心」という文字が躍る。絆を失ったからこそ、不安で仕方がない。だから、表面上の「安心」「安全」を求める。

「絆(きずな)というと、温かさとかが強調されますが」奥田さんは言う「絆を結ぶとは、つまり、傷付くかもしれないということ。自分自身も傷付くかもしれない。それでも、抱きしめてくれる。そんな関係こそが、私たちを支えてくれる。」

『プロフェッショナル 仕事の流儀』の最後のVTR。生活保護の手続きに行った松ちゃんがなかなか帰って来ない。待ち続ける奥田さん。関わらなければ、傷付くこともないかもしれない。それでも、抱きしめる。信じる。「あなたと、一生いっしょに生きていく覚悟を決めました」。奥田さんは、松ちゃんにそんな手紙を書いた。

10周年を祝う懇親会に、元気な松ちゃんの姿があった。この人は、どんなに多くのことを通り過ぎてきたのだろう。何とも言えない、惹きつけられる笑顔。

「しかし、松ちゃんは昔はきびしい顔をしていたね」と奥田さんがなつかしそうに。

きびしい顔が、傷付くことを覚悟して抱きしめる「絆」(きずな)で、小春日和のような笑顔になった。

北九州ホームレス支援機構


松ちゃん

9月 25, 2010 at 12:25 午後 |

2010/09/23

連続ツイート 迷信

迷信(1)モノをつくろうと思ったら、科学を理解し、技術を学ばねばならぬ。いくら呪文を唱えても、時計はちゃんと動かない。しかし、一方で、「迷信」が人間の心にとって魅力的なことは確かである。

迷信(2)迷信は魅力的だから、子どもの頃から大いに触れて、その文法を学び、「免疫」をつくるのがよい。迷信的な世界観を排除するという考え方には、「表現の自由」という観点からも、精神の強靱さという点からも反対である。

迷信(3)子どもの頃、「世にもふしぎな物語」という本を夢中になって読んだ。中でも惹きつけられたのは、少年が、牧場の柵から飛び降りたその瞬間に、友人たちの前で消えてしまったというエピソード。そんなこともあるかもしれぬと、公園でブランコから飛び降りるときヒヤリとした。

迷信(4)「心霊写真」の本も好きで、何冊も持っていて熱心に眺めた。人と人の間に、恐ろしい顔が写っている。「これは信憑性が高い」などと解説が載っている。自分たちの写真にも心霊がいたらどうしようと、現像するたびにドキドキした。

迷信(5)UFOの本を読むのも大好きで、いろいろな写真をこれはトリックかな、などと眺めた。いわゆる「空飛ぶ円盤」が、アダムスキーというクリエーターによる創造物だとするのは、ずっと後のことである。

迷信(6)コックリさんも流行って、友人たちとやった。好きな女の子の名前を言ってください、というときには、自分と友人の指がそっちの方のひらがなに向ってしまうのではないかとドキドキした。

迷信(7)小学校の時は、血液型も好きで、ぼくはO型だからおおらかで社交的な性格なのだと、合点していた。その一方で、B型の友人に、あいつは個性的でいいな、と嫉妬したりした。

迷信(8)やがて、アインシュタインに出会い、物理に夢中になり、宇宙の進行がハミルトニアンによって書けるということを知った。量子力学的不定性をのぞけば、因果的決定論が正しいらしいということも学んだ。その過程で、迷信たちは、ほよほよと消えていった。

迷信(9)高校の時は、分子生物学に魅せられて、一時期、物理かどっちにしようかと迷った。人間は精巧に出来た分子機械である。迷信たちの分は悪くなり、そちらの世界観を深めていっても、その先はないと確信するに至った。

迷信(10)迷信を敵視し、排除する人たちがいる。ぼくは、迷信で迷信であっても別に構わぬと思う。迷信と科学は、自由競争すればいい。迷信は魅力的である。ぼくの場合は科学が勝ったけれども、そうじゃない人が世の中ににても驚かない。

迷信(11)子どもの頃から迷信の魅力に慣れ親しんでいないと、むしろ危険だと思う。大人になってから出会って、へんな道に行く人が出てくる。何事も、免疫が大切だ。子どもたちは、大いに迷信を楽しむと良い。

迷信(12)なぜ、人間の心にとって迷信は魅力的なのか。これは、よくよく考えてみるべき問題だ。心脳問題とも、大いに関係する。魅力的な迷信の文法がわかれば、人間の心の解明に大いに資するだろう。

以上。迷信についての連続ツイートでした。

(2010年9月20日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 23, 2010 at 09:04 午前 |

連続ツイート 占い

占い(1)ぼくは10月20日生まれの「てんびん座」である。学生の時、雑誌「ぴあ」の星占いのコーナーを毎号見ていた。別に何の考えもなく、毎回、「おっ、当たっているじゃないか」などと思っていた。

占い(2)ある時、ふと気付いて、他の星座の項も読んでみた。おとめ座を見ると、やっぱりあたっている。ふたご座も自分にあてはまる。おひつじ座もどんぴしゃりである。それで、やっと、ははあ、そういうことかと気付いた。

占い(3)占いは、一つの芸術である。「あなたは酸素を呼吸しています」などという、明らかに誰にでもあてはまることを書けば、そんなことは当たり前だとバカにされる。一見、自分宛だけに書かれたように見えて、実は誰にでもあてはまる文章を書くという絶妙なバランス。そこに「占い」の領域がある。

占い(4)「ぴあ」の占いのコーナーを喜んで読んでいた頃、ぼくはもちろん「因果性」を理解していたし、経験科学の原理もわかっていた。それでも「占い」を読んでよろこんでいるぼくがいたということは、人間が、いかに自分の中の整合性をつけない、いい加減な存在であるかということを示す。

占い(5)同時に、経験からして、「占い」は、それがあるメカニズムに基づいているかどうか、「当たる」か「当たらないか」ということが本質ではないのだと思う。それは、いわば、脳の認識の回路に働きかける、「プラシーボ」のようなものなのだろう。

占い(6)これは薬だと言って、砂糖のかたまりをあげると効く。この「プラシーボ効果」は、脳活動計測によって、脳の自己治癒能力が引き出されるものとわかっている。むろん、限界もある。しかし、限界の中で、効くのだ。占いの効用も、つまりはそのようなものだろう。

占い(7)プラシーボ効果において重要なのは、文脈である。星座占いは、実はどの星座を読んでも同程度に「当たる」。しかし、自分の星座の項目が、まさに自分宛に書かれたものであると信じることによって、何らかの作用が生の現場にもたらされるのだ。

占い(8)たとえば、「今週は素敵な出会いがあります」と言われて、その気になれば、仕事や遊びで会う人、街で通りすがりの人に対する心の開かれ方が変わってくるかもしれない。もともと何の根拠もないものを、信じることで効果が生まれる。つまり、占いは、「鰯の頭も信心から」である。

占い(9)ぼくは、未来をぴたりと当てる霊能力者がいるとは思わない。しかし、信じている人の方が、「占い」のプラシーボ効果が高いかもしれない。ぼく自身は「占い」を積極的にやろうとは思わないが、「占い」好きな人が、そのことによって生きる上で損をすると断定するつもりもない。

占い(10)もっとも、プラシーボ効果には副作用もある。たとえば、ビタミンを摂取すれば簡単に問題が解決するのに、それを拒否するような場合。占いも、参考程度にすれば良いが、それを墨守するようだと生のフレキシブルな力学を大いに阻害するだろう。

占い(11)現代社会を生きる上で、一つの「世界知」として、「占い」には根拠がないことを理解するのは有益だと思う。一方で、「占い」が根強く人気を保っているのは、進化論的にそれを信じる人に一定の利益がもたらされてきたからだと考えられる。あくまでもバランスの範囲において。

以上、「占い」についての連続ツイートでした。

(2010年9月19日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 23, 2010 at 08:08 午前 |

2010/09/21

東京座会メンバーと

 PHP研究所で開かれていた「次代を考える東京座会」のメンバーが集まり、楽しくお話した。

 日本の現在、未来のさまざまをお話しました。幹事をして下さった北康利さん、ありがとうございました!

 

東京座会のメンバーと。左から、北康利さん、茂木健一郎、江口克彦さん、古川元久さん、若田部昌澄さん

9月 21, 2010 at 08:29 午前 |

連続ツイート 寄席

寄席(1)祖父が寄席好きで、子どもの頃から浅草演芸ホール、上野の鈴本、新宿末広亭に連れていかれて「英才教育」を受けた。今考えれば、子どもが聞くにはどうか、というネタもあったと思うが、何の疑問もなしに笑っていた。

寄席(2)林家ペーさんが一人で漫談をしていた頃は、面白かった。浅草演芸ホールで、「ねえ、ここの客席を見ると、マルクスレーニン主義というか、プロレタリアートというか、あっ、今笑った方は大学出てますよ」というくすぐりでいつも客席を爆笑させていた。

寄席(3)やなぎ女楽という曲芸の人が好きだった。肌のつやつやした、いかにも昔道楽をしたというようなおじいさん。コマを回したり、棒の上でバランスをとったりする芸を披露した後、「最後に、コマをしまうところをお見せします」と言って下がるのが常だった。何とも言えぬ色気があった。

寄席(4)今の林家正楽さんが小正楽だった頃から好きだった。紙切りをやりながら、「どうしてこうやって身体を動かすかというと、じっと切ると暗くなります。でも、すっかり癖がついてしまって、朝新聞を読む時も・・・」と言って身体を動かすと、客席が爆笑するのである。

寄席(5)曲芸で何といっても好きなのはボンボンブラザーズである。鼻の上にコヨリを立てて、バランスをとる。それが、倒れそうになって、手をペンギンのように広げて追いかける。コヨリがずっと傾いて、それを追いかけているうちに客席に降りてしまう。何度見ても、お腹が痛くなるほど笑った

寄席(6)林家彦六師匠を寄席で生で見ていた経験は、今となっては宝もの。若い噺家が今でもマネをする。楽屋でアーモンドチョコをもらった彦六師匠、口をもぐもぐさせたあげく、アーモンドを取り出して、「なんだい、このチョコは・・・種があるじゃないかあ」。愛すべき明治のおじいちゃんだった。

寄席(7)川柳川柳さんは、爆笑王である。「勝っているうちは明るかったけれども、負けたら暗くなった」と大声で軍歌を歌いあげ、終戦でラジオから流れるジャズ、すっかりかぶれたドラ息子が指を鳴らしている間、田舎の父親は脱穀機で「ガーコン、ガーコン」。同じ格好になる。代表作『ガーコン』。

寄席(8)親の世話が大変だと『中沢家の人々』で爆笑を呼ぶのは円歌師匠。親がよろよろしながら道路をわたる。車がきて、おっ、しめた! と思っていると停まる。運転手が「気をつけろ!」と叫ぶと、親は、「車が人をひく? ふざけんな。むかしは、人が車をひいていたんだあ。」

寄席(9)寄席の好きな芸人のことを書いているとキリがない。最近は時間がなかなかないけれども、できれば座って、あの時間の流れを楽しみたい。浅草、上野、新宿、それに池袋、それぞれの個性がある。池袋は小さいから一度入ると途中で逃げにくい。

寄席(10)もちろん、古典落語をじっくり聞くのもよい。友人といくと、ぼくは、マクラのところでネタがわかってしまって、出演表にその名前を書いてみせる。ちょっとした自慢。しかし、親友のでぶの哲学者、塩谷賢と行くと、塩谷がほぼ同時か先にわかってしまう。くやしい。

寄席(11)寄席で、笑いをとっている芸人さんが、いかに「自分」というものを捨て、投げだしているか。その様子を客席から見るのが、人生にとって最高のレッスンだった。それこそ小学校に上がる前から寄席にかよって、本当に良かったと思う。

みなさん、寄席に行きましょう。以上、寄席についての連続ツイートでした。

(2010年9月18日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 21, 2010 at 07:36 午前 |

連続ツイート 核

なんとかネットが通じるところに来た。

連続ツイートを、ベストエフォート方式でやります。

核(1)世界で唯一の被爆国として、日本に核に対するアレルギーがあるのは当然のことである。原爆の被害がいかに悲惨なものであるかということを、私たちは辛抱強く訴えかけていかなければならない。

核(2)広島の上空に立ち上るキノコ雲を、郊外の人々が呆然と眺めている写真を見たことがある。当時の人たちは、自分たちに何が起こったかわからかなったろう。その恐怖、不安、無念さは決して忘れてはならない。

核(3)原子力の平和利用については、近年環境問題の視点から、積極的に見直す動きがある。私自身も、技術的な課題を克服しつつ、基本的には原子力を利用していくしかないという立場である。

核(4)核エネルギーの利点の一つは、「備蓄」が比較的長期可能だという点。日本のエネルギー自給率は、「核」燃料を備蓄できることを考慮すると実質的に向上させることができる。

核(5)問題は、再処理。再処理の結果、プルトニウムができる。この物質は、それ自体危険なだけでなく、核兵器に転換できる。日本が再処理を進めるということは、それだけ「核兵器」の原料が日本に蓄積するということを意味する。

核(6)唯一の被爆国として、核兵器は作らないというのが日本のこれまでの政策意思。しかし、将来、何らかの理由で政策転換したら、日本の技術水準からして、核兵器を開発することは可能だろう。

核(7)原子力の平和利用を進めつつ、核の悲劇を二度と繰り返さないためには、結局、政治的な安定を必死になって図るしかない。政治的な対立を激化させてはならない。たとえ、核兵器が存在しても、またそれを作る能力があっても、それらを必要とする政治的条件が存在しなければ、平和は維持できる。

核(8)核兵器について、中長期的に懸念されるのは、むしろテロリズムとの関連である。国家が「管理」しているうちはまだ良い。テロリストによって、偶発的に核が使用される可能性が、一番の脅威である。

核(9)大国から小国へと核が拡散し、管理の弛緩からテロリストに核兵器がわたるというシナリオが、核管理におけるもっとも懸念されるべき「悪夢」である。

ごめん、移動で、連続ツイート中断した。

核(10)皮肉なことに、核兵器が、史上稀に見る平和な時代をもたらした。Mutually Assured Destruction(MAD)により、大国どうしが本格的な戦闘をするという自体が消滅したからである。

核(11)しかし、「核の平和」も、もし今後テロリストなどによる偶発的な核使用のケースが表れると、その前提が崩れる。もし、一回でも核テロが起これば、私たちは核エネルギーとのつき合い方について深刻かつ最終的な決断を迫られることになる。

核(12)原子核エネルギーなしで私たちの文明が成立するのならば、それにこしたことはない。しかし、エネルギー需給の現実を見れば、当分は原発なしでやっていくことはできない。核についてのあらゆるシナリオを普段から検討して、一方では理想を決して忘れず、困難な世紀を生きていかねばならぬ。

以上、「核」についての連続ツイートでした。

9月 21, 2010 at 07:29 午前 |

2010/09/20

脱・就活―朝日新聞社説について

2010年9月19日付の朝日新聞社説で、新卒一括採用の問題が取り上げられました。(ツイッター上で、私に教えて下さった方、ありがとう)。

日本の新聞社のwebは、いつ記事が消えるかわからないので、ここにまずは全文引用します。

引用元:http://bit.ly/aKT7XO 

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脱・就活―「新卒一括」を変えよう
 若者の悲鳴が、毎週のように投書欄に載る。「就職が決まらない。この言葉が明けても暮れても心の中に住みついて離れない」「内定が取れないと、学内でも負け組扱い。就職するために大学に入ったんじゃない」
 大学生の就職活動は、3年生の秋が来る前から本格化している。既にいくつかのインターンシップを終え、これから企業のセミナーや説明会シーズンだ。冬はエントリーシートをせっせと埋め、春をまたいで面接を繰り返す。
 就活という長距離レースに、大学教育は大きく侵食されている。
 企業は採用を絞り込み、勝ち組争いは激烈になる一方だ。今春の大卒者のうち、進学も就職もしなかった人は8万7千人、前年の28%増だ。卒業時の就職の機会を逃すと、正社員へのハードルはぐんと高くなる。プレッシャーがまた、学生をあおり立てる。
 数が勝負と応募を続け、人物や即戦力といったあいまいな基準で落とされる。何十通もの断りのメールは自己否定を繰り返されるに等しい。
 過剰な選び合いのなか、若さという希少資源がすりつぶされてゆく。
 菅政権は先月、「新卒者雇用・特命チーム」を立ち上げた。大卒後3年以内の若者を企業が採用すれば奨励金を出し、未就職者へのセーフティーネットも拡充する、という。
 仕事に就けない若者の支援に取り組み始めたことは歓迎したい。だが対策は、なお「痛み止め」にとどまる。問題は、ゆがんだ就活市場をどう抜本的に作りかえてゆくか、である。
 まず、企業は新卒者を一括で採用する方式へのこだわりを捨てるべきだ。
 右肩上がりの時代に、終身雇用や年功序列とともに定着したのが、新卒一括採用だった。だが、そのモデルは崩れつつある。
 柔軟な採用・雇用が多くの企業に根づき、既卒市場が活性化すれば、優秀で、幅広い人材の活用につながる。それは企業にもプラスになる。政府はより強力な誘導策をとれないか。
 大学も変わらねばならない。
 約4割の学生が、将来の職業に関連し「授業経験は役だっていない」と答えた調査がある。学びを通じて視野や能力を獲得し、携わりたい仕事への考えを深め、社会に出る準備をする。そうした場に大学はなっているか。意識を持てないままの若者を、就活という圧力鍋に放り込んではいないか。
 教養の伝統に加え、単なる就職対策講座でないキャリア教育を大学の中でどう位置づけるか、考えよう。
 今の就活は、安全ネットもなしに、若者に空中ブランコを飛び移らせているように見える。それを改め、学校教育から職業社会へと、きちんと橋渡しできるようにする。大学人と経済人が話し合い、知恵を絞ってほしい。
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 中立的な立場を擬制しつつ、漸進的なことを書く、という社説の縛りからすれば、「脱・就活」というテーマでここまで書いたことは、まずは評価すべきだと思います。
 コメントを二つ書かせていただきます。
 「大卒後3年以内の若者を企業が採用すれば奨励金を出し、未就職者へのセーフティーネットも拡充する」という菅政権の政策は、社説が書くように「痛み止め」に過ぎないでしょう。そもそも、根本的な問題として、企業が、採用の際に「○○年卒業見込みの者」、あるいは、上の修正案によれば「○○年以降に卒業した者」という制約を加えることが、公正と言えるのかということです。
 もし私が政策立案者だったら、そもそも、採用時に年齢、学歴、性別などの「資格制限」をもうけることを、原則禁止する立法を提案するでしょう。採用試験で応募者の資質を検証するプロセスにおいて、要素の一つとして学歴(新卒か、既卒かなど)を考慮することは構わない。しかし、学歴について、新卒、ないしは卒業後3年以内であることを、形式的要件として求めることは「違法」であると、明確に規定すべきと考えます。
 また、社説には、「教養の伝統に加え、単なる就職対策講座でないキャリア教育」とありますが、まずは重視されるべきは「教養の伝統」(リベラル・アーツ)でしょう。今の日本の大学は、日本の企業にしか就職できない「ガラパゴス大学」になりつつある。そうではなくて、グローバルなjob marketに打って出ることができるような人材を育成するために、単なる就活対策のような浅薄なキャリア教育ではなく、猛烈なる勉学を積み重ねて、世界の一流の人々と渡り合うことができることを目指すべきだと思う。
 ぼくは、今の制度の下、すくすくと大学を出て企業に入っていく人がいても、全く構わないと思う。問題は、そのような「レール」から外れてしまった人たちのこと。坂本龍馬の「海援隊」の入隊資格は、「脱藩者であること」、「世界を志向していること」だった。そのような外れ者こそが、日本の未来を開くと信じる。そいつらが元気になるような施策を講じたいと思う。やるやつは勝手にやるという考えもあるが、少なくとも政府や企業が邪魔をすべきじゃないだろう。
 かつて、中卒ないしは高卒のみ、大学生の場合は卒業の意志がないものを対象に人材募集したドワンゴは、ブラボーである。

9月 20, 2010 at 03:32 午後 |

連続ツイート 国境

国境(1)関係性を記述する法則は、たくさんの事例を集めて統計的に見ないとわからない。それにもかかわらず、私たちは往々にして目の前の特定の二項間関係に目を奪われてしまう。

国境(2)国際関係もそうで、特定の二国間関係にだけ注目していると、歴史的事実、両国のメディアの言論、政治家の発言のディテールに目をとらわれて、そもそも国際関係でどのような事象が起こりうるのかという統計的法則性に気付かぬことがある。

国境(3)日本は、近隣諸国との間に領土問題を抱えている。これらの問題の具体的詳細を追うことはもちろん大切だが、同時に、そもそも領土問題とは何かという統計的視点も必要である。

国境(4)世界の領土問題のリスト(http://bit.ly/9J7tTt)を見ればわかるように、領土問題というのは、特定の二国関係に固有の問題として生じるのではない。ある国が特段の悪意を持っているから領土問題が生まれるのではない。「雨後の竹の子」のように至るところに生じる。

国境(5)任意の二国関係をとった時に、そこに何らかの領土問題が存在している確率は高い。世界の領土問題の所在を客観的、統計的に見れば、それはつまり、そもそも国家というものが土地を領有するという慣習に内在した「脆弱性」であることが見えてくる。

国境(6)たとえば、ヨーロッパにおける領土問題の分布マップ(http://bit.ly/9IBvM6)を見ると、領土問題というものが、特定の国家の悪意や怠慢によるものというよりは、ある統計的プロセスを通して生まれてくるということがよくわかる。

国境(7)数学では、ある問題に取り組む時に、それをより一般化した問題にいったん拡張しておいて、その上で解を見つけ、特定の問題に戻すということがよく行われる。国境問題にも、同じようなアプローチが必要だと考える。

国境(8)国境問題の本質は、二国間の境界を定める「ゲーム」を定式化し、そこに生じる偶有性の構造についての何らかの「モデル」を立てることによって、はじめて見えてくるだろう。そのような理論的、実証的仕事が持つ意義は大きい。

以上、「国境」の問題についての連続ツイートでした。

(2010年8月11日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 20, 2010 at 12:44 午後 |

連続ツイート 無記

無記(1)ある男が釈迦に聞いた。この世界は、どうなっているのか? 霊魂は存在するのか? 死んだらどうなるのか? 釈迦は応じた。私は、そのような質問に対しては答えない。

無記(2)釈迦は言った。目の前に毒矢が刺さって苦しんでいる男がいる時に、その矢はどこから飛んできたのか、誰が放ったのか、毒は何なのかと詮索しても仕方がない。それよりも、男の苦しみを解いてあげることの方が大切だと。

無記(3)霊魂があるか、死後どうなるのか、どうして我々はここにいるのかという問いに対しては、「無記」を貫く。これが、仏教の根本思想である。

無記(4)その後、歴史的発展の中で、仏教の実践において「極楽」や「地獄」の概念が派生した。しかし、仏教の根本的な思想が、これらのことについて「無記」を貫いていることは変わらない。

無記(5)一方で、仏教には融通無碍ということもある。「無記」が根本思想だからと言って、教条的にそれを守ればいいというわけではない。

無記(6)禅僧の南直哉さんは、ある時、おばあさんに「お坊さん、私は死んだら極楽に行けますかね?」と尋ねられた。南さんは、おばあさんの手を握って、「それはそうだよ。おばあさんくらい苦労した人が極楽に行けなかったら、誰も行けないよ」と答えた。

無記(7)極楽に行けるか、と尋ねるおばあさんに対して、「そもそもね、仏教においては、無記ということがあって」と理屈を並べても仕方がない。根本思想としての「無記」を貫き、一方で融通無碍に接する。それが、私たちの生命のあり方というものだろう。

無記(8)仏教を離れて、私たちの人生一般においても、「無記」は一つの覚悟となる。もっとも大切なことは、語る必要がない。胸の中に収めておけばよい。決して人の目に触れることのない「絶対秘仏」のように、「無記」たる原理を抱いていればよい。

無記(9)小津安二郎の『東京物語』で、尾道から出てきた老父は、子どもたちにひどい仕打ちを受けても一切何もいわない。「ああ、そうかい」「いやあ、いそがしいのは結構だから」といつもニコニコ笑っている。

無記(10)ところが、旧友と会った時に、老父の口から思わぬ言葉が飛び出す。「わしもあんた、東京に出てくるまでは、もすこし息子がどうにかなっとると思っていました。それがあんた、場末のこまい町医者でさ。」

無記(11)諦念と慈愛を絵に描いたような老父の中に、冷たい刃のような気持ちが隠れている。人間というものは、複雑で、重層的である。見えるものが全てではない。しかし一方で、すべてを外に顕す必要もない。

無記(12)フロイトが明らかにしたように、どんな人の無意識の中にもどろどろとした感情がある。自分の気持ちのうち、何を外に出し、何を出さないか。ここに人間の聖なる選別があり、魂の尊厳がある。小津安二郎はそのことをわかっていた。

無記(13)大切な問い、思いを胸に秘めたまま、黙って日々を生きること。「無記」の思想は、私たちの生にとってのかけがえのない叡智となり得る。

以上、「無記」についての連続ツイートでした。

(2010年9月16日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 20, 2010 at 09:39 午前 |

2010/09/17

連続ツイート 自己変容

自己変容(1)創造の、最高の形態のひとつは、自分自身が変わることである。今までとは違う自分になる。それを積み重ねることで、自分自身が「作品」になる。

自己変容(2)他者に向き合うことは、新しい自分を引き出すきっかけとなる。最初から(A)という自分があるのではない。他者に向き合う(->)ことで、それぞれ異なる(A')->、(A'')->、(A''')->、・・・が生まれてくるのである。

自己変容(3)他者の存在によって、新しい自分が引き出される。幼い子でさえ、父、母、お兄さん、妹、先生、近所のおじさん、親戚、友だちそれぞれに異なる「自分」で接することを知っている。

自己変容(4)ボーイスカウトの少年に対して、「いいかい君たち、これからキャンプの準備をするよ」などとハキハキと説明しているお兄さんを見ると、「あの人はそういう人なんだ」と思う。実際には、ボーイスカウトという文脈で少年たちに接していることで、そのような人格が生まれているのだ。

自己変容(5)街で日本語のうまい外人に道を聞かれた時にしか出てこない人格もある。青い眼、金髪の人に流暢な日本語で尋ねられる。こちらも普通に日本語で答えればいいのに、「あ〜それはですね〜」などと、外人っぽい日本語になってしまう。

自己変容(6)タクシーの運転手さんと話す時に人格が生まれる。「最近景気どう?」「まったくねえ、政治も困ったもんだねえ」などと、ふだんあまり考えもしないことについてもペラペラ喋る。タクシーを降りた後で、ふっとため息をつく。今までの私は何だったのだろう?

自己変容(7)英語を喋れるようになるということは、つまりは、新たな英語人格を創り出すということである。日本人の多くが英語を苦手とするのは、(A)から(A')->への自己変容のプロセスを欠いているからだ。

自己変容(8)「自分探し」という言葉が一時期流行った。たった一つの(A)があると思うのならば、それは間違っている。他者との関係性によって、全く新しい自分が生まれる。(A')->、(A'')->、(A''')->と、関係性の数、文脈の数だけ異なる自分を創ってしまっていいのだ。

自己変容(9)「〜らしく」という制限は、関係性を通して新しい自分を生み出すことの邪魔になる。自分にも他人にも、「〜らしく」という要求を押しつけてはいけない。他者との関係性においてうまく「脱抑制」することで、(A)が(A')->になるプロセスを発動させることができる。

自己変容(10)創発(emergence)は、危機(emergency)に通じる。魂の危機において、新しい自分を模索する中で、それまでにない新しい人格、世界との関わり方に着地することができるのだ。

自己変容(11)最初から、「自分」が定まったものとしてあると思うな。他者との関係性を通して、魔法のように生まれる新しい自分を楽しめ。魂の危機(emergence)を、うまく創発(emergence)に結びつけろ。

以上、自己変容についての連続ツイートでした。

(2010年9月15日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 17, 2010 at 06:51 午後 |

連続ツイート 軽蔑

軽蔑(1)アイルランド生まれで、イギリスで活躍した作家、オスカー・ワイルドは、学生の頃から有名だった。何で有名だったかというと、有名であることで有名だったのである。その派手な生活と独特の美意識で、人々の耳目を集めていた。

軽蔑(2)生意気で目立つ若者だったオスカー・ワイルド。アメリカに旅行した時には、税関で、「私は自分の天才以外に申告するものを持たない」と言い放った。

軽蔑(3)やがて、オスカー・ワイルドは、『ドリアン・グレイの肖像』、『サロメ』、『真面目が肝心』などの数々の傑作を発表し、単に「有名であることで有名」であるだけでなく、実質において天才であることを示す。

軽蔑(4)『ウィンダミア婦人の扇』の中で、オスカー・ワイルドは登場人物にこのように語らせている。「私たちは皆ゴミための中にいる。しかし、私たちのうちの何人かは、空の星を見上げている。」

軽蔑(5)作家としての名声をほしいままにし、社交界の寵児だったオスカー・ワイルド。ゲイであったワイルドは、ある貴族の美しい息子と恋仲になる。これが、ワイルドの転落の理由となった。

軽蔑(6)オスカー・ワイルドは、恋人の美男子の父に、告発され、逮捕される。当時イギリスでは同性愛は罪だった。ワイルドは逮捕され、投獄される。社交界の寵児だった天才は、人々に軽蔑される存在に転落する。

軽蔑(7)オスカー・ワイルドは、獄中で自分自身を振り返り、恋人に宛てた手紙の形で、『獄中記』(原題De Profundis、「深淵から」)を記す。結局、これがワイルドの最後の作品となった。

軽蔑(8)人々から褒めそやされる存在だった自分が、軽蔑される「最低の人間」になる。そのような境遇になって初めて、オスカー・ワイルドは、キリストの本質を理解するに至る。『獄中記』は、自己省察の本であると同時に、キリストについてのすぐれた洞察の書である。

軽蔑(9)イエス・キリストの出現を、イザヤ書は「彼は人々から軽蔑され、拒絶されるだろう。悲しみの人」と予言する。人々を救済するこの上ない人が、同時に、軽蔑され、拒絶される存在であること。ここに、キリスト教の叡智があることを、オスカー・ワイルドは投獄されて初めて理解するのである

軽蔑(10)『獄中記』で、オスカー・ワイルドは記す。「銀行家になりたい人は、銀行家になる。弁護士になりたい人は、弁護士になる。自分以外の何ものかになりたい人は、それになって終わる。一方、自分自身になりたい人は、どこに行くかわからない。どこに流れ着くか、自身でも知らないのだ。」

軽蔑(11)すぐれた芸術作品は、人の心を傷つける。オスカー・ワイルドの『獄中記』を読んだとき、私は、「やられた」と思った。社会から軽蔑され、拒絶された人にこそある「真実」。天才は人生の深層をつかむ。それは恐ろしく、また美しい。

以上、オスカー・ワイルドについての連続ツイート(「軽蔑」)でした。

(2010年9月14日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 17, 2010 at 06:45 午後 |

2010/09/16

人生の悲劇、あるいはベルトを買うこと。

ぼくは、一つのズボンを買うとずっとそれをはき続ける癖がある。床に脱いで、そのまま翌日身につける。一週間に一回くらい、洗濯機で洗う。また次の日もはく。そうやって、ズボンがこわれるまで付き合う。

このところ、ずっと黒ズボンをはいてきた。ズボン君も、寄る年波には勝てず、弱っていたのだろう。一週間くらい前から、チャックが途中で引っかかった。それでもだまして、なんとか上げていた。先日の桑原茂一さんのアートスクールで、本番前にトイレに入ったら、ついにチャックが壊れた。社会の窓が、開いたままになったのである。

さて、困った。アートスクールはごまかしたものの、次の日からどうしよう。しばらく前に買ってはかずにいたジーンズを取り出して、はきはじめた。

ところが、また困ったことがあった。ぼくは基本的にベルトをしない。ところが、このジーンズはベルトをしないと腰が落ちてくる。就活生の本音フェスは、ベルトなしで済ました。その後、東京の街を歩いていると、ずるずる落ちてくる。

意を決して、丸井に飛び込んだ。適当なものを選んで、「ベルト下さい」。レジににじり寄るように歩いて、「あのう、すぐ着けたいので、切ってくださいますか?」とお願いした。

親切な店員のおじさん。ポマードで髪の毛をテカテカにしている。「真ん中あたりの穴でいいですか?」棚からハサミを取り出す。ぼくの腰に、ベルトを当てる。

「ん?」

おじさんの手が止まった。ぼくは、いや〜な予感がした。

「あのう・・・切る必要ないですね。」

おじさんは宣告した。ガーンガーンガーン。巨人の星の飛雄馬のような衝撃を受ける。

切る必要は、ない。おじさんはさらに畳みかける。「うーん。そもそも、足りるかなあ」

やばい。ヒジョーにやばい。ぼくは事態を打開しようと、あわててぎゅっとベルトを締めた。

「あっ、だいじょうぶです。ほら、一番外の穴に入ります!」

「ほんとですね。よかった、よかった。」

おじさんが、ほっとしたように笑った。ぼくも、緊張から解放されて、うれしくなった。おじさんもぼくも、何かから逃げ切った。きわどい勝負だったけれども。

お金を払う。おじさんに、さようならを言う。子どもの頃、床屋に行った後のような解放感。ジーンズの腰も、落ちてこない。よかったよかった。丸井に入って良かった。

しかし、同時にぼくは思い出していた。

「あのう・・・切る必要ないですね。」

そう言った時、おじさんの目は確かに笑っていた。絶対に、ぷっと吹き出しそうにしていた。

人生の悲劇、あるいは、ベルトを買うこと。躓きの石は、いつも突然目の前に現れる。

そういえばお昼を食べていない、お腹が空いたなあ。ほっとしたからだろう。ぼくは今さらのように思い出した。

9月 16, 2010 at 07:07 午前 |

2010/09/15

どうせ、ベタ記事にしかならねえぜ。

昨日、代々木公園野外音楽堂で「就活生の本音フェス」があった。明治神宮の森を抜けて、駆けつけた。ちょうど、定刻の10時。しかし、少し押した。

「ユーストリームするのか?」と聞いたら、「機材がありません」などと言うので、その場でマックブックを出して、e-mobileでつないで自分でユーストリームした。生中継しながら、録画した。
最初の僕のセッションが終わって、次の杉村太郎さんが喋っている時に、舞台のそででMacBookのそばに座っていたら、実行委員の女の子が来て、「あのう、お客さんから見えないところに下がってくださいと、ディレクターから指示が来ていまして」と言う。
その女の子には全く罪がないのだが、オレはカチンと来て、「邪魔なのか?」と聞いた。そうしたら、「メディアの方もいらしてますから」というので、ますますアタマに来て、「どうせベタ記事にしかならねえぜ」と言った。

今朝の朝日新聞東京版に記事が出ていた。書いて下さった記者の方、ありがとう。そして、就活生の本音フェスのみんな、いろいろ取り上げられて良かったな。しかし、オレが「どうせベタ記事にしかならねえぜ」と言ったことの意味、新聞が抱えている深刻な問題がここにあると思うので、敬意を表して全文引用する。

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朝日新聞2010年9月15日(水)東京版

就活生の本音教えます 学生主催のイベントに300人が参加

就職活動が本格スタートする前に、今の就活の厳しさを知ってほしいと、活動を終えた大学4年生らが本音を語るイベントが14日、渋谷区の代々木公園野外音楽堂であった。大学生約300人が集まり、脳科学者の茂木健一郎さんとの対談などを通して、就活のあり方を語り合った。
呼びかけたのは、早稲田大学4年増澤諒さん(21)。就活を通じ、インターンや資格取得などに追われる状況に疑問を感じた。常に「いつ就活が終わるかわからない不安」がつきまとったという。
5月に内定を得た後、「学生から就活への疑問の声をあげていかなければ」と今回のイベントを企画。「就活生の本音フェスー本当は、みんな感じてた」と名付け、ネットなどで参加を呼びかけた。
この日学生からは「新卒採用に失敗できないという恐怖感がある」「就活で語る内容を作るためにサークル活動をするなど、本末転倒になっている」などの意見が次々あがった。学生と対談した茂木さんが「就活の常識に自分を合わせるのではなく、もっと広い視野を持って」と視点の転換を促したが、「世界を変えるより、まず内定を得て稼ぎたい」という切実な声も出た。
参加した大学3年の浅川裕美さん(21)は、この夏、本当に行きたい企業かどうかは関係なく、とにかく何社ものインターンシップに参加した。
「情報があふれていて、早く活動しなければと惑わされてしまう。就活のテクニックを身につけることは、本当に役立つのでしょうか」と話していた。

記事は以上。

それにしてもさ、あの時間のいきいきとした、熱い流れが、<<「就活の常識に自分を合わせるのではなく、もっと広い視野を持って」と視点の転換を促したが、「世界を変えるより、まず内定を得て稼ぎたい」という切実な声も出た。>>でまとめられちゃうんだよな、新聞って。

記者の方の言い分もわかる。中立性、客観性。現場にいなかったデスクには、雰囲気がわからない。ましてや読者には。文字数の制約がある記事の中で、「新卒一括採用」の問題や、「ギャップイヤー」の問題を書けば、収まらなくなる。そんな配慮がどんどん積み重ねられていった結果、今の新聞記事は、当たり障りのない、つまらないものになっていく。

心のある人たちの関心が、ネットに移行していくのは必然だよ。新聞の病理は深い。テレビのニュースも同じこと。イキのいい、新鮮なネタを、わざわざ干からびたつまらない代物に変えてしまう。

上の記事の場合、約650字。文字数が限られていても、もっと違う表現、書き方があると思うよ。新聞が若者たちにとって「本気(マジ)」のメディアに再生するためには、文体からして生き返らなければならないでしょう。期待しています、新聞さん。

学生たちにオレは言いたい。
「メディアの方がいらっしゃってます」なんてつまらない配慮よりも、自分たちのイキのいい問題意識をに寄り添って疾走することに全力を注げよ! 君たちがユーストリームの準備もしていないと聞き、わざわざ自分で用意して、舞台ソデでいろいろやっていたオレが、「メディアの方がいらっしゃいますから」というまるで役所の広報みたいな台詞を当の君たちから聞くとは。瞬時に感じた憤り、悲しみ。オレは、みっともない格好でその女の子を見上げながら、「どうせベタ記事にしかならねえぜ」と言い放つしかなかったネ。そうして、MacBookと椅子をもって、スゴスゴとそでに引っ込んだ。

昨日、マスメディアに負けたのは、結局は新鮮な生命だったのではないか。一番悲劇的なのは、もともとは志も能力もあった人たちが、メディアの息苦しい定型性の中でじぶんたちの生命の躍動を失っていくことかな。


いずれにせよ、この記事じゃ、昨日の活気は全然伝わらないねえよ。読者は、この記事読んで、ははーん、学生さんたちも、就活大変だねえ、などという、花鳥風月な世界に行くんだろうね。
実際の就活生の本音フェスがどのようなものだったか興味がある方は、下のユーストリームの録画を見てください。ひょっとしたら、「どうせベタ記事にしかならねえぜ」と、女の子を見上げて言っている、私の声も入っていることでしょう。

就活生の本音フェス(1)2010年9月14日
http://bit.ly/d3ShaL 

就活生の本音フェス(2)2010年9月14日
http://bit.ly/atJPPK 

就活生の本音フェス(3)2010年9月14日
http://bit.ly/bODnSu 

9月 15, 2010 at 09:44 午前 |

2010/09/14

連続ツイート 福澤諭吉

福澤(1)福澤諭吉は、14歳になっても、当時の基本的な素養だった「漢文」を読むことができなかった。周囲が読めるのに自分が読めないということに気付いて、一念発起して、それから勉学を始めた。

福澤(2)学問を始めるのが遅いと、劣等感もあったはずである。しかし、福澤諭吉には、「自分にはできる」という根拠のない自信があった。また、それを裏付ける猛烈な努力をして、またたくまに頭角を現していった。

福澤(3)長崎に遊学していた諭吉は、中津に戻るように言われる。しかし、学問を続けたかったので、帰るふりをして、大阪の緒方洪庵の適塾へと向かう。

福澤(4)適塾で、諭吉は猛勉強を続ける。あるとき、病気になって寝ようとしたが、枕が見つからない。その時になって初めて、諭吉は、適塾に来て以来、猛勉強して疲れては仮眠し、目が覚めては勉強するというありさまだったので、枕を使って眠ったことがなかったと気付く。

福澤(5)長崎と適塾で蘭学を修めた諭吉は、横浜に外国人居留地が出来たと聞きつけてでかける。身につけたオランダ語の知識を試してみようと思ったのである。ところが、看板の言葉などが全くわからない。道行く人に聞くと、どうやらそれは「英語」という言葉らしい。

福澤(6)時代が変わり、必死になって身につけたオランダ語がもはや役に立たない。落ち込む諭吉。しかし、立ち直りが早い。次の日には、もう、「やっぱりこれからは英語の時代」と頭を切り換えて、江戸に英語の先生を探しに行く。

福澤(7)諭吉は、やがて、咸臨丸で米国に渡る。米国に着いてまっさきにアメリカ人に聞いたことは、「初代大統領ワシントンの子孫はどこで何をしているのか」ということだった。ところが、誰も知らないし、興味もない。

福澤(8)諭吉は、日本と米国が全く異なる国であることに気付く。日本では、徳川家康の子孫がどこで何をしているか、誰でも知っている。江戸で将軍をやっている。一方、初代大統領の子孫がどこで何をしているか、アメリカ人は誰も知らないし興味もない。諭吉の中に、「情熱」が生まれた。

福澤(9)諭吉の父は、下級藩士に生まれたため、学問への志は高くても取りたてられることはなかった。「門閥制度は親の敵で御座る」という諭吉の言葉の背後には、激烈なる憤怒がある。親の地位で子どもの地位が決まる日本の在りように対して、諭吉は根源的疑問を持つ。

福澤(10)日本に帰国した諭吉は、猛然たる啓蒙活動を始める。慶應義塾を創設。『学問のすすめ』、『西洋事情』、『文明論之概略』など多くの著作を通して、日本人に蒙を啓くように訴える。このような諭吉の「情熱」の背後には、二つの「受難」があった。

福澤(11)自ら、学問を始めるのが遅かったという「受難」。そして、父が封建制度ゆえに機会を得られなかったという「受難」。この二つの「受難」を、「情熱」に変えて、諭吉は明治における輝く超新星となった。

福澤(12)「受難」も「情熱」も、英語ではpassion。キリストが十字架を背負うという「受難」(passion)と、ポジティヴに生きる、高みを目指すという「情熱」(passion)は、同じところに由来するという叡智がここにある。

福澤(13)諭吉は、「独立自尊」を説いた。自分の外にあるさまざまなものに、自らが自らであるということを依拠させないこと。その理想は、百年の時を経た今でも、日本では実現されているとは言い難い。

福澤(14)今の日本には、封建制度があるわけではない。学問する機会はあふれている。しかるに、「枕を使って寝るのを忘れていた」と後になって気付くような激烈なる学問への没入を、どうして今の日本人は持ち得ないのか?

福澤(15)諭吉は、決して過去の人ではない。むしろ、諭吉がその生き方を通して示した課題は、今の日本人にとってのテーマでもある。諭吉の「受難」と「情熱」に震撼し、感染せよ。そして、今日から全力で走り出せ。

福澤(16)諭吉は、自らの体験に基づいて、子ども時代に必要なことはのびのびと思いきり遊ぶことであると言っている。「お受験」や、「お稽古事」でいきいきとした生命力を失っている今の子どもたち。親たちは諭吉の主張に耳を傾けるべきだろう。

以上、福澤諭吉についての連続ツイートでした。

(2010年9月13日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 14, 2010 at 07:05 午後 |

2010/09/13

連続ツイート めちゃめちゃイケてるッ!

こらっ! 予告すな! (笑) @kobesea そろそろモギケン朝連ツイ始まります..

めちゃ(1)2010年8月21日に放送された「めちゃ²イケてるッ!」の収録現場が面白かったので、その時のことを思い出してみたいと思う。

めちゃ(2)『めちゃ²イケてるッ! 』という番組は、名前は知っていたけれども、一度も見たことがなかった。その時間に家にいないし、あまりテレビをつけるという習慣がないからである。

めちゃ(3)スタジオに行ったら、細面のいい男がいた。この人が、矢部浩之さんだということを初めて知った。「やべっち」という名前はよく聞いていたけれども、実物をそれと認識して見たのは、スタジオで生が初めてだった。

めちゃ(4)「本物の」超能力をやるというふれこみのDAIGOさん(実際にはすぐれたマジシャン)と、「にせもの」の超能力をやるエスパー伊東さんの対決という設定だったが、この演出自体がよく考えられた、すぐれたものだった。

めちゃ(5)DAIGOさんのクロースアップ・マジックは、私がスタジオで至近距離から見ていても、よくわからないほど巧妙。一方、上半身裸のエスパー伊東さんは、明らかにうさんくさい。ところが、演出上は、エスパー伊東さんがメインディッシュで、DAIGOさんの方がスパイスなのである。

めちゃ(6)エスパー伊東さんという、子どもでもわかるおふざけキャラを対置させることで、DAIGOさんの正統派のマジックをいわば「相対化」し、世界を深く見せる。ここには、「ガチンコ」と「演技」が渾然一体となったプロレス的世界観がある。

めちゃ(7)エスパー伊東さんの自己演出は見事だった。持ってきたバッグも、わざとタバコの焦げ目?のような穴が開いていて、中にはわけのわからない雑物がたくさん入っていて、「いかがわしさ」を見事に表現していた。動く現代アートのよう。

めちゃ(8)エスパー伊東さんの「挑戦」を盛り上げるスタジオの客席の若者たちの発声が見事だった。ドイツの合唱団のように的確なタイミングで、「うぉー」といった歓声を上げる。筋肉質な、かけ声軍団。彼らはどこでリクルートされ、トレーニングされ、スタジオに集結したのだろうか?

めちゃ(9)矢部浩之さんの司会ぶりも、見事だった。一般に、やる気を出したり、ハキハキしたりするのは簡単である。矢部さんのは、「ああそうですか」、「そうなんですか」といった、やる気のなさそうな、「引き」の芸。その間合いが、モーツァルトのカルテットのようであった。

めちゃ(10)スタジオの演出の人は、サッカーの監督のように迅速かつパワフルな指示。エスパー伊東さんが段ボールに人型をフォークで切り抜く芸に失敗した時も、「こんどは成功させてみますか」と瞬間爆発の圧力をかけていた。

めちゃ(11)安めぐみさんは、収録直前に、「私エスパー伊東さんのファンなんです」と言ってください、しかし、対決を見ているうちに、次第に「DAIGOの方がいい」と惹かれていってください、と指示されて、本番でその通りにふるまった。瞬発的演技力はさすがである。

めちゃ(12)お茶の間で楽しむバラエティ番組の収録は、ラグビーの試合のように張り詰めたプロたちの一秒たりともムダにしない現場。こうやって作られ、届けられていくのだというそのエートスを、ぼくは好きである。

めちゃ(13)一般に、人を笑わせようと思ったら、本人にはよほどの覚悟がなければならない。先日、なんばグランド花月で見た西川きよしさんの舞台もすごかった。テレビで笑わせてくれる人たちに私たちはついつい油断するけれども、真面目な顔をして正論を説く人よりも厳しい修業をしている人も多い。

めちゃ(14)『めちゃ×2イケてるッ!』は、相変わらず(自分が出た回も含めて)一度も見(れ)てないのだけれども、たまたま居合わせた収録現場で感じたことを、綴ってみました。

以上、『めちゃ×2イケてるッ!』についての連続ツイートでした。
(2010年9月12日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 13, 2010 at 09:18 午前 |

さよなら、ビタースイートサンバ!

ニッポン放送のスタジオに入る瞬間は、いつも楽しい。

「オールナイトニッポンサンデー」を時々担当させていただいて一年。子どもの頃から聞き慣れている、あのビタースイートサンバが流れてくると、ぐっと気が引き締まる。

そして、放送している間の熱中。ステュディオスな継続。ぼくは、ラジオが、本当に好きだなあ。

ニッポン放送とのご縁は、これからも続くが、番組のパッケージがリニューアルされると聴いた。それで、また自分が人生で油断しちまったと気付いた。

定時になる。「茂木健一郎の、オールナイトニッポンサンデー」と一言。ビタースイートサンバが流れ始める。ガラス越しに、調整室にいる冨山雄一さんと目を合わせる。冨山さんが手を上げる。音楽に聴き入る。まだまだ。まだまだ。溜めて。冨山さんが、はいっと手を下ろす。それを合図にしゃべり出す。

キューを待っている間、冨山さんとの心がつながる。あの時間の流れが好きだった。

そんなことは、これからも、まだまだあると思っていたけれども、昨日が最後だったんだね。ガラス越しの、冨山雄一さんとのビタースイートサンバ。

人生は、片時も油断してはいけないということさ。いつでも、どこでも、「これで最後」かも知れぬ。

さよなら、ビタースイートサンバ! ありがとう、冨山雄一さん!

9月 13, 2010 at 07:55 午前 |

ビッグイッシューの販売者は、一人ひとりがベンチャーの「経営者」である。

「ビッグイッシュー日本版」の7周年の会がお台場であった。会場を貸して下さったのは、トヨタのご厚意。ありがとうございます。

佐野章二さんや、販売者の方々とお話しする。誰でもホームレスになる可能性がある。その時、再び挑戦することできるという人間の安全保障、セーフティネットがあることは、回りまわって日本人が新しいことに挑戦する精神を涵養する。よって、経済に大いに資する。

いかに、社会からこぼれ落ちそうになる人々を救うか。ここには、最先端の技術的課題がある。スリランカでは、携帯電話のSMSを使ったマイクロクレジットのシステムを考案した人がいるという。ホームレス支援の技術的、社会システム的課題を解決することは、より広く国の文明を「進化」させる。そのような視点が必要だろう。

ビッグイッシューの販売者は、一人ひとりがベンチャーの「経営者」である。雑誌を何部仕入れるか。どのようにして売るか。表紙の写真や、記事の内容、天気、季節、その他を考慮して買い入れる。そして、その日に売れ残った「在庫」を大切に抱えて路上に眠る。そこには、何か深く勇気づけられる何かがあるナ!

佐野章二さんや、水越洋子さんの笑顔。勇気をいただきました。ありがとう!

9月 13, 2010 at 07:44 午前 |

2010/09/12

私、もう一度高校一年生になりました!

東京学芸大学附属高校25期卒業の私ですが、この度、卒業後ほぼ30年ぶり! に、制服を新調いたしました!

日本テレビ『世界一受けたい授業』の収録にて。

放送をお楽しみに!

撮影 佐々木厚

9月 12, 2010 at 09:25 午前 |

連続ツイート 典型

典型(1)ツイッター上のやりとりで、「医者などの信用されるべき職業は黒髪であるのが当たり前」とか、「日本人なのだから、髪の毛は黒くて当然」などという人たちがいるのを見て、本当に愕然とした。「均質性」を暗黙のうちに前提として疑わない。病は深いと感じた。

典型(2)「典型的な日本人」として、髪の毛が黒くて、皮膚が「肌色」の人を思い浮かべる。「基本」としてはそれで良いとして、そのようなイメージを他人に押しつけることが、いかに抑圧的なことか、気付かずにいる人がいるとは、真に衝撃的なことである。

典型(3)20歳を過ぎた頃、「日米学生会議」でアメリカを訪れた。日本側は、事前に会合を重ねて入念に準備をしたが、アメリカ側は国土が広く、当時はインターネットもなかったため、会議開始の前日にしか会えなかったらしい。

典型(4)ところが、初日の夜のお互いの「演し物」で、入念に準備したはずの日本側よりも、即興に近い形でやったアメリカ側の方が、見ていて面白かった。アメリカ人の瞬発力と、エンターティンメントに関する感性を思い知らされた。

典型(5)日米学生会議の初日の夜の演し物で、今でも記憶に残っているのが、「典型的なアメリカ人」(Typical American)である。

典型(6)一人ひとりが自己紹介する。そして、最後に、「私は典型的なアメリカ人です」(I am a typical American)という一言をつけて終わる。

典型(7)「私の父はフランスから来て、私の母はロシアから来ました。二人はニューヨークで恋に落ち、結婚しました。私は典型的なアメリカ人です。」

典型(8)「私の祖先は、イタリアから来て、ずっとシカゴに住んでいました。父の代になって、フロリダに移住し、そこで韓国から来た留学生だった母と知り合いました。私は典型的なアメリカ人です。」

典型(9)「私の父方の祖父と祖母は、いっしょにドイツから移民して来ました。母方の両親は、ロシアから来たユダヤ人です。私は典型的なアメリカ人です。」

典型(10)私の両親の祖先は、どちらも、アフリカから連れて来られた奴隷でした。解放されて、努力し、弁護士がたくさん輩出する家系になりました。私は典型的なアメリカ人です。

典型(11)私の祖先は、1800年初頭にアイルランドから移民してきて、それ以来ずっとニューイングランドに住んでいました。私は典型的なアメリカ人です。

典型(12)めくるめくような多様なバックグランドを語り、その後で、「私は典型的なアメリカ人です」と付け加える。アメリカ社会の多様性と、誰もが「典型的なアメリカ人です」と認め合う大らかさ。アメリカという国の魅力を強烈に印象付ける演し物だった。

典型(13)それに比べて、日本人はどうか。日本人は均質であるという思い込みが、少数派に対して抑圧的に働くだけでなく、グローバル化する世界において、日本の競争力を奪う、意味のない制約になっている。

典型(14)グローバル化の流れは必至である。「私は典型的な日本人です」という言葉を、多様な意味でとらえる。そんなことができる時代が、すぐそこに来ている。

典型(15)「私の母は、熊本から東京に出てきました。父は、北海道から大阪に働きに出て、旅先の東京で母と知り合いました。私は典型的な日本人です。」

典型(16)「私の祖先は、朝鮮半島から日本にやってきた職人でした。京都の近くに住んでいて、代々細工ものを作っていました。私は典型的な日本人です。」

典型(17)私の両親は、ベトナムから難民としてやってきて、日本に住み、苦労して働いて、地域社会に溶け込みました。私は典型的な日本人です。

典型(18)私の父は、マンガに惹かれてフランスから東京に来て、秋葉原で母と知り合って結婚しました。私の父方の祖父、祖母は、リヨンで精肉店を営んでいます。私は典型的な日本人です。

典型(19)「私は典型的な日本人です」という言葉を、多様な意味でとらえることができるようになってこそ初めて、日本はグローバル化する21世紀にふさわしい活気あふれる国になるのだろう。

以上、「典型的な日本人」についての、連続ツイートでした。

(2010年9月11日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 12, 2010 at 07:46 午前 |

2010/09/10

連続ツイート 判断

判断(1)日本の就職活動が、新卒一括採用に偏っている理由の一つは、人事担当者が自ら「判断」できないという点にある。つまりは、新卒か既卒か、年齢は何歳か、出身大学はどこかといった定型的、外形的な基準以外に、自らの判断基準を持たないのである。

判断(2)似たようなことは、銀行の融資における担保主義にも表れている。対象の経営能力、将来性を自ら「判断」するのではなく、土地などの担保の外形的基準に依頼する。そんなやり方だったら誰でもできるとよく揶揄されるが、つまりは自らの「判断」を行う能力も、意志も持たない。

判断(3)「判断不全症」は、日本の風土病の一つである。自分の直観で判断することをせず、外形的な基準に頼る。この風土病は、大学入試判定から、就活、銀行の融資、結婚相手選びまで、日本のありとあらゆる社会的局面において今や国を蝕んでいる。

判断(4)「判断」(judgment)は、明示的な基準に基づくアルゴリズムでは書くことができない。これが、人工知能における長年の研究の結論である。どんなにルールを積み重ねても、最後は直観による判断をするしかない。これが、人間の脳に与えられた課題であり、生きる方法である。

判断(5)サッカーなどのスポーツは判断力を鍛える。一つひとつの局面において、ボールをどこに出すか、パスするのか、自らドリブルするのか、シュートするのか、ルールに基づく正解はない。瞬時の直観によって、自らの行動を判断し、選択しなければならない。

判断(6)ぎりぎりの判断をする時に、ルールを参照したり、それに従う必要はない。ルールに拘泥することは、つまりは、できそこないの人工知能のようにふるまうということである。日本の企業の人事担当者や、銀行の融資担当者はつまりはできそこないの人工知能としてふるまっていることになる。

判断(7)求人において、一切の年齢制限、学歴制限を廃止してみる。さすれば、人事担当者は、目の前にいるひとりの人間のポテンシャルを、自らの直観で判断せねばならないことになる。その時になって初めて、脳の潜在能力がフル回転を始める。本来持っていた力が活かされる。

判断(8)自らの人生の行き先を決める時に、ルールに基づく「正解」などないと覚悟を決めるべきである。偶有性に向き合う時に助けになるのはルールではなく、判断。日々自らの直観に基づく判断を磨くことによって、一流のサッカー選手のよう瞬時の決断力を身につけることができる。

判断(9)与えられたルールに基づいて正解を探るのではなく、自らの判断力で選びとっていく。そのような能力を身につける努力は、何歳になって始めても遅くはない。日本の文部科学省の教育を受けたあとでも、はっと気付いて洗脳から脱すれば、何歳からでも本来の脳の潜在能力を活かすことはできる。

判断(10)とは言っても、日本人の判断不全症は一日にしては治らぬかもしれぬ。このような状況下で、新卒一括採用への拘泥から脱却するためには、非典型的なキャリアを含めて、求職者のポテンシャルを測る何らかの基準群を考案するのが有効だろう。

判断(11)すなわち、学校を卒業した後ボランティアをしながら世界を二年くらい放浪したというような求職者のポテンシャルを、日本の人事担当者が自分で判断できぬのであれば、「この人のギャップイヤーの使い方は何点です」というようなメジャーを用意すれば良い。

判断(12)本来は、一人ひとりが自分の判断で人生を切り開くのが望ましい。しかしそれが出来ぬというのであれば、マニュアル、外形的基準に頼り切った人生を、ピッチで疾走するサッカー選手の人生へと「ソフトランディング」させる移行措置を工夫する必要があろう。

判断(13)判断力醸成に有効な方法の一つが、「偶有性トレーニング」である。被験者を偶有性に満ちた状況に置き、そこでルールに頼ることのできない判断を練習させることによって、脳の直感力を高める。そのようなインタラクティヴなソフトウェアの開発も有効な手段となろう。

判断(14)今の日本人が偶有性への耐性に乏しく、自ら判断できないことは遺憾ながら事実である。しかし、人は変わることができる。どうしたら日本人は変われるのか、その議論を始めるべき時期が来ている。

以上、「判断」についての連続ツイートでした。

(2010年9月10日、http://twitter.com/kenichiromogiにてツイート)

9月 10, 2010 at 06:01 午後 |

連続ツイート 坊っちゃん

坊(1)夏目漱石の『坊っちゃん』を子どもの時最初に読んだとき、坊っちゃんが悪いやつらをやっつける痛快な小説だと思った。そのうち、この小説の背後に流れる、痛切な哀しさ、社会の不条理に気付く。

坊(2)坊っちゃんと山嵐が、赤シャツと野だいこをなぐって、懲らしめる。痛快なようだが、結局職を失うのは二人である。赤シャツと野だいこはそのまま学校にいて、マドンナも赤シャツのものになってしまう。

坊(3)そもそも、坊っちゃんの生い立ちはさびしい。父親は顔を見る度にお前などロクなものにならないという。台所でふざけて叱られ、親戚の家にいる夜に母親が死ぬ。死んだのはお前のせいだと言われて兄につっかかり、またもや叱られる。

坊(4)肉親が皆坊っちゃんを疎外する中、唯一親切にしてくれたのが、きよ。きよだけが、坊っちゃんの心がまっすぐで良いと褒めてくれる。そのきよの愛を、坊っちゃんはなかなか素直に受け入れることができない。

坊(5)坊っちゃんが赴任する松山は、小説中でいろいろ悪しざまに書かれている。人々は陰湿で、お互いに相手の視線ばかり気にし、不効率で、形式主義で、集団に埋没して自分で考えない。

坊(6)『坊っちゃん』の中に描かれる松山は、実は「日本」のことである。風土病とでもいうべき、日本の悪弊の数々。それが「松山」という田舎のことだと思うから、読者は安心して笑っているが、実は漱石によって書かれた自分たち自身の映し絵なのである。

坊(7)漱石の批評精神は、自分自身にも及ぶ。『坊っちゃん』の登場人物の中で、漱石自身がいるとしたらどれか? 子どもの頃読んだ時には、江戸っ子で、正義の味方である「坊っちゃん」こそが当然漱石の分身なのだろうと考えていた。

坊(8)実は赤シャツこそが漱石なのだと気付いた時、その自己批評の厳しさに涙した。学士様で、気取っている。何よりも、友人の女を奪ってしまう。『こころ』でも繰り返された、漱石のトラウマのようなテーマ。この烈しさがあったからこそ、漱石は偉大な作家となった。

坊(9)『坊っちゃん』の中で、きよやうらなり君は、抜け目なく世間を渡ることなく、ただ人が良いだけで、どんどんと没落していく。しかし、そのような人たちにこそ人間としての「誠」があるということを、漱石は痛烈な筆致で書く。

坊(10)『坊っちゃん』では、新聞がデタラメを書くということが痛烈に批判されている。坊っちゃんと山嵐が学生たちの騒動を止めに入ると、新聞には二人が扇動したと書かれる。しかも、訂正記事がなかなか出ないのだ。

坊(11)『坊っちゃん』は、子どもの頃読めば、痛快な青春小説として楽しむことができる。大人になって物事がわかってくると、漱石が、社会の不条理、日本の病理、生きることの難しさ、人として大切なことについて、いかに多くの激烈なる「時限爆弾」を隠しているかということに気付き始める。

坊(12)漱石は、『坊っちゃん』を書いた当時、一高と東京帝大で教えていた。授業や試験の採点などで忙しい中、一二週間ほどで一気に書き上げたとされる。漱石自身にとっても、『坊っちゃん』を書くことは一つの「解放」だったのである。

坊(13)『坊っちゃん』を書いた翌年、漱石は東京帝大を辞し、当時の「ベンチャー企業」であった朝日新聞に入社する。今とは比べものにならぬくらい大学教官に権威があった当時の風潮からすると、常識では考えられぬ烈しい反骨精神であった。

坊(14)最後に、坊っちゃんはずっと自分のことを無条件に愛してくれていたきよと一緒に住む。「清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙をぽたぽたと落した。おれもあまり嬉しかったから、もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。」

坊(15)『坊っちゃん』の最後「死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。だから清の墓は小日向の養源寺にある。」結局、最後に残ったのは純粋でまっすぐな愛であった。

坊(16)日本が激動の時を迎え、個人を抑圧するさまざまな日本の「風土病」とでもいうべき社会の不条理が解体の時を迎えようとしている時、人として大切なものを見つめ直し、生きる勇気を得るためにも『坊っちゃん』を読み返したい

以上、夏目漱石の『坊っちゃん』についての連続ツイートでした。

(2010年9月9日、http://twitter.com/kenichiromogi
にてツイート)

9月 10, 2010 at 11:14 午前 |

2010/09/09

連続ツイート プラグマティズム

プラ(1)先日、シンガポールでイリヤ・ファーバーと喋った時に、プラグマティズムの話になった。ジェームズ、デューイ、パース。イリヤは特にパースが好きなのだという。それで、アメリカの文明力の基礎となっているエートスのことについて考えてみる気になった。

プラ(2)どんな概念も、それが実際の私たちの生き方、社会のあり方の中で有効に機能するのでなければ意味がない。このようなプラグマティズムの思想は、アメリカの社会の中に深く根付いており、インターネット文明の生みの母にさえなっているのではないかと思う。

プラ(3)たとえば、「平等」や「自由」、「平和」といった概念も、それが机上の空論、絵に描いた餅では意味がなく、必ず具体的な生のあり方によって担保されなければならない。このような思想は、社会問題について、ソリューションを見いだしたり、ハックしたりするという積極的態度に結びつく。

プラ(4)ソフトウェアをリリースする時、バグなしヴァージョンを完成させることを目指すのではなく(多くの場合それは不可能だから)、とりあえずリリースして、バグが見つかったら順次修正していく。これが、プラグマティズムの発想である。

プラ(5)あるシステムにセキュリティ上の脆弱性が見つかった時に、やたらと騒ぎ立てるのではなく、その脆弱性を公表すること自体のリスク(新たな攻撃を誘発するかもしれない)を勘案するのが、プラグマティズムの発想である。

プラ(6)世界中から入学者を集めるにはどうすれば良いか? ハーバードやプリンストンが採用したプラグマティックな方法は、卒業生に面接をさせることだった。その結果、合否判定にある程度の不確実性が生じても、世界にネットワークができる実際上の利点の方が高いと考える。

プラ(7)一方、東京大学の入試は徹頭徹尾机上の「公正」を追求している。志願者を一会場に集め、試験を課し、点数順に上から入れていく。「概念上」は公正であるが、プラグマティックな視点からすれば、大学のガラパゴス化を招く愚行である。

プラ(8)新聞、テレビなどの日本のメディアが陥っている「風土病」は、アメリカのプラグマティズムとの対極にある。「政治とカネ」、「感染症の予防」など、何かの社会問題が生じた時に、実際的にどのような処置が効果的なのかというよりも、「絵に描いた餅」の理念をヒステリックに騒ぎ立てる。

プラ(9)大学研究者による科研費の執行についての、異常な書類主義も日本の風土病である。どのようなシステムにしたら、プラグマティックな意味で公正、効率的なのかと考えずに、机上の空論を押しつける。その結果、「見積もり、納品、請求各二部ずつ」などという、カフカ的諧謔世界を現出する。

プラ(10)日本の霞ヶ関全体が、プラグマティズムの思想からすれば、滑稽な形式主義、理念主義に陥っている。目の前の現実を見つめて実際的なソリューションを模索するのではなく、理念的なスローガンを並べるだけで満足するのである。

プラ(11)教科書検定、学習指導要領に表れる文科省のマインドセットも、プラグマティズムの精神から程遠い。実際的な意味で効果的な教育をするにはどうすれば良いかではなく、机上の理念を追い求めるから、大学では必ず15時限授業をしろなどという幼児的コントロールを強要して平気でいる。

プラ(12)インターネットを生み出したアメリカの文明力の核に、プラグマティズムの思想がある。日本の関係者たちは、自分たちの風土病を理解するためにも、プラグマティズムを勉強した方が良い。特にマスコミ関係者、官僚たち。

プラ(13)常に、実際的であれ。理念を考える時には、それが、具体的な生の現場において、どのような作用をするのかしっかりと見きわめよ。机上の空論を振りかざす輩に力を持たせるな。生の疾走、舞踏を支える、具体的な技術をこそ磨け。

以上、「プラグマティズム」についての連続ツイートでした。

(2010年9月8日、http://twitter.com/kenichiromogi
にてツイート)

9月 9, 2010 at 08:25 午前 |

2010/09/08

連続ツイート 専門

専門(1)これからの時代に一番必要なことは、越境すること、「点」と「点」を結ぶことである。ところが、日本人の「マインドセット」の中に、越境する人を揶揄し、蛸壺にこもることを正当化する傾向がある。徹底的に破壊しなければならぬ。

専門(2)たとえば内田樹さんのような柔らかな知性に対して、「専門領域を超えていいかげんなことを言っている」などと揶揄する輩が必ずいる。自分自身の知的レベルは棚に上げて、気の利いたことを言って優位に立ったつもりでいるのだ。

専門(3)日本人は全般的に一つのことを墨守する傾向があり、研究者コミュニティでは「修士刷り込み説」という言葉もある。修士の時にやったことを一生やっている人のことだ。自分がシーラカンスになるのは勝手だが、人にまで押しつけようとする。まさに、「プロクラステスのベッド」である。

専門(4)越境する人を応援しない日本のマインドセットが発展を阻害している。アップルのスティーヴ・ジョブズは、何かの「専門家」なのか? ユーザーインターフェイスの「専門家」じゃない人は、iPhoneの開発には口を出すな、などと言っていたら、ジョブズの輝きは生まれない。

専門(5)ジョブズのやり方は、「歩き回ってマネッジメントすること」及び「現実変容空間」とも呼ばれるカリスマ性である。専門がなんちゃらかんちゃらとか言っている閉塞精神からは、ジョブズのような人は絶対に生まれない。

専門(6)グーグルで行われたScience Foo Campで衝撃的な経験をした。皆が「アカデミア2.0」とか、「ジャーナリズムの未来」などと横断的なセッションをやっている中で、認知神経科学の世界的権威たちが開いた「正統的」なセッションが、恐ろしく凡庸でつまらなく見えたのだ。

専門(7)知のあり方が変わりつつある。一つひとつの「点」に固執する人たちよりも、「点」と「点」を結ぶ人たちの方が輝いている。「結ぶ人」こそが、次の時代に私たちを連れていってくれる。「点」に固執する人たちは、もはや旧時代の遺物に過ぎない。

専門(8)そもそも、日本語の「専門」という言葉には、「それしかやらない」という意味合いがある。「専門」や「専門家」といった日本語の用法に表れる日本人のマインドセットが、インターネット時代の偶有性の新文明に日本が入っていくことを妨げている。

専門(9)「専門」に対して、expertには、「それしかやらない」という意味はない。語源的に、expertは、「試みること、挑戦すること」、あるいは「経験を通して賢くなった人」のことである。英語圏での「expert」と、日本語で「専門家」ではニュアンスに天と地ほどの違いがある。

専門(10)私自身は、「専門」という言葉も、「専門家」というラベルも使わない。そのような言葉を使って、自分や他人を決めつける人にも与しない。「専門」や「専門家」という表現が、越境精神に対して抑圧的に作用するのが、イヤなのである。

専門(11)「専門」などという決めつけは、ぶっ壊しちまえ。みんな、遠慮せずに越境しろ。ジョブズのように、歩き回り、現実を変容させてしまえ。偶有性の海に飛び込め。泳げ、探せ、つかめ。新文明の中に、いち早く行け!

以上、「専門」についての連続ツイートでした。

9月 8, 2010 at 03:21 午前 |

2010/09/07

ノルウェーの森 テイク4

youtube上にある、The Beatles, Norwegian wood の音源がとても
良い。

Take 4とかけ声が始まって、あの慣れ親しんだ前奏が始まる。

途中で、二回止まる。

"Not that"

"Wrong".

弾き間違い。

三回目、ようやく「難所」を通り抜けて、「昔女がいた・・・」というジョン・レノンのフレーズが出てくると背筋に電気が走る。

歌い終わって、"I showed you!" (どんなもんだい!)とのつぶやき。

カッケー!

http://bit.ly/cSfIBX 

9月 7, 2010 at 09:23 午前 |

2010/09/06

連続ツイート 脱藩八策

これからの日本に必要なのは、土佐を脱藩して独立した自由人として幕末の日本で人と人を結び、維新への流れをつくった坂本龍馬のような思想、行動ができる人である。

脱藩八策(1)自分の存在、意義を、組織や肩書きに依存するな。他人を、組織や肩書きで判断するな。組織や肩書きを手に入れることを人生の目標にするな。組織から放り出され、肩書きを失っても、自由闊達に生きられるような資質を身につけることを目指せ。

脱藩八策(2)脱藩のために必要なのは、自分自身の内部の「安全基地」である。知識、経験、人脈を、組織とは関係なく、組織を超えて蓄積する。確実なものを持つことが悪いのではない。確実なものを「安全基地」として「偶有性の海」に飛び込めばいいのである。

脱藩八策(3)根拠のない自信を持て。そして、それを裏付ける行動、努力をせよ。26歳で土佐を脱藩した龍馬には、何の裏付けも、保証もなかった。行動しないことの言い訳をつくるな。根拠のない自信で、自分自身の背中を押せ。

脱藩八策(4)プリンシプルを持て。不確実性の中に自分を投げ込む時、指針を与えてくれるのは、揺るぎないプリンシプルだけである。確固としたヴィジョンがあれば、柔軟に状況に対応できる。芯に何もない人は、体面を気にしたり、些事に流されたりする。

脱藩八策(5)自分が惚れ込める人を、走り回って必死に探せ。脱藩者にとって、頼りになるのは卓越した、信用できる人たちとの結びつきである。組織や肩書きではなく、一人の人間として輝いている「恒星仲間」を見つけろ。彼らとの間に、「星の友情」を結べ。

脱藩八策(6)「点」と「点」、「人」と「人」を結べ。既存の組織、文脈を超えて補助線を引き、自ら補助線となることができるのが、脱藩者の特権である。薩摩、長州どちらの藩の人間にも、薩長同盟は締結できなかった。現代の脱藩者にとって、「薩長同盟」にあたるものは何か、必死に考えよ。

脱藩八策(7)養老孟司さんは「東大教授は、名刺の真ん中に『東京大学教授』と大きく書き、肩書きのところに小さく自分の名前を書け」と言われた。今や、「組織は、ならずものの最後の砦」である。組織で人を判断するな。組織に所属しない人を、軽んずるな差別するな一人の人間として対等につきあえ。

脱藩八策(8)坂本龍馬は、維新後の新政府の閣僚に加わる気はなかった。「世界の海援隊」を目指す中、志し半ばに倒れた。世界が一つに結ばれる今、一国の政治も大事だが、それだけでは小さい。勇気ある脱藩者は、むしろ、「世界の海援隊」を目指せ。必死になって疾走し、「点」と「点」を結びつけよ。

以上、「脱藩」に関する連続ツイートでした。

2010年9月6日

http://twitter.com/kenichiromogi 

9月 6, 2010 at 09:16 午後 |

2010/09/05

連続ツイート 「本気」

2010年9月5日、 茂木健一郎ツイッター・アカウント上にて。

本気(1)鳩山元首相がツイッターでつぶやいた「裸踊り」は、TEDにおけるデレク・シヴァーズの講演「いかに社会運動を起こすか」(http://bit.ly/92xtNs)。デレクは、たった3分で、情熱を持って社会運動の起こし方を語る。

本気(2)一秒たりともムダにしない。これが、「次の時代のハーバード」とも言われるTEDのエートスである。最初からトップギアに入り、そのまま疾走する。本気でやれば、たった3分でも、世界を変えることができる。

本気(3)人間の脳は、相手がどれくらい本気であるかということを察知する能力を持っている。TEDがこれだけ高い評価を受けているのも、そこに登場する人たちが、皆「本気」だからだろう。

本気(4)本気であるとは、つまり、そこに自分の蓄積してきたもの、出せるもののありったけを投入するということである。一気に駆け抜けて、言い訳をしない。そのような「本気」に対しては、誰でも敬意を払う。

本気(5)日本の悲劇は、指導層の間に、長らく「本気」が見られないことだろう。講演、挨拶でも、「本日はお日柄もよく」などで始まる愚にもつかない話が続き、一向に本題に入らない。一秒目からトップスピードのTEDと、いかにテンションが違うことか。

本気(6)新聞が若者に見捨てられているのは、紙面から「本気」が伝わって来ないからである。自分たちを安全圏において、気の利いたことを書いて偉そうにしている。安楽椅子のジジイのような態度に、若者たちは怒っている。そりゃあそうだ。若者たちは、これから、生きなければならないのだから。

本気(7)織田信長が、今川義元の大軍に攻め立てられて絶体絶命、その時に、「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。」と敦盛を舞い、熱田神宮に参拝して必勝を祈願し、打ち出ていった。その時の信長は本気だったろう。

本気(8)『平家物語』の壇ノ浦で、二位の尼が、幼い安徳天皇を抱いて、「浪のしたにも都のさぶらうぞ」と入水した時、彼女は本気だったろう。

本気(9)新聞記者がもし本気でジャーナリズムをやっていたら、自分の良心に照らして、合理性のない「記者クラブ」の制度など、自ら即刻廃止するだろう。少なくとも、その努力をするだろう。私にどうしても理解できないのは、彼らがそれをしないことだ。きっと、本気ではないのだろう。

本気(10)もし、大学の関係者が、学問をできるだけ多くの人たちに伝えるということについて本気だったら、必死になってありとあらゆることをするだろう。大学の「公開講座」から伝わってくるのは、「とりあえずやってます」という弛緩した空気だけだ。

本気(11)マイケル・サンデルの『白熱教室』、スティーヴ・ジョブズのプレゼン。これらに共通なのは、「本気」だということである。それに比べて、日本では、テンションが低く、やる気のない態度が蔓延していることか。

本気(12)日本に住んでいて一番頭に来るのは、本気で生きる気持ちもないやつらが、本気で何かをしようとしている人たちの足を引っ張ったり、揶揄したり、下らないことを押しつけたり、そういう光景があり過ぎるということ。

本気(13)一番悲しいことの一つは、「パブリックセクター」、すなわち公務員や、教育委員会といった人たちと話していて、「この人は本気だ」と思うことが、ほとんどないということ。パブリックセクターの人たちが、日本の「本気」度を下げているというのが肌で受け取る実感である。

本気(14)テンションの低い人に、意味のない形式や、よくわからない段取りを押しつけられる。こっちは、事を荒立てまいと思うから、「はいはい」と聞いたフリをしているが、仕事が終わったら後ろを振り返らずに全速力で逃げ出す。記憶から、そのテンションの低さを消す。

本気(15)日本人はさあ、幕末もそうだったけど、いざとなったら、本気になれるんだよ。だけど、今の社会の、官僚たちや、マスメディアや、大学の先生たちの「ローテンション」に付き合っていたら、いつまで経っても本気になれないや。

本気(16)首相の記者会見なんかも、記者クラブがしきっているだけでなくて、質問の順番も、最初にNHKとか暗黙のうちに決まっているらしい。もし本気でジャーナリズムやってるなら、そんなもんかっとばしてばしばし質問すればいいだろう。

本気(17)日本も、段取りとか根回しとか、そんなかったるいことに付き合っている時代はそろそろ終わり。そろそろ、俺たちも本気(マジ)になろうぜ。俺たち、いざとなったら、なかなかやるもんだぜ。

以上、本気についての連続ツイートでした。

http://twitter.com/kenichiromogi 

9月 5, 2010 at 01:46 午後 |

2010/09/04

新聞八策

連続ツイート。 新聞八策

新聞八策(1)すべての記事を署名とし、社員のスタッフ・ライターと、社外のフリーランスのライターを平等に起用し、競わせる。新聞紙面に載る無署名記事は社員の執筆によるものであるという前提を突き崩す。

新聞八策(2)原則、すべての記事をウェブ上で公開するものとする。青空文庫を見ればわかるように、ウェブ上に電子データがあることは、必ずしも紙媒体の売り上げを下げるとは限らない。検索、インデックスを充実させて、新聞が議論のハブになれるように図る。

新聞八策(3)本格的な英字紙部門を発展させる。日本の記者が書いたものを英語に翻訳するのではなく、最初から英語で独自の記事を書くライター(スタッフ、フリーランスを問わず)を持つ。その上で、日本語の紙面と相互交流し、競争、強化を図る。

新聞八策(4)記者クラブは即時廃止。横並びを避ける。特オチを恐れない。単なる事実の報道は通信社にまかせて、じっくりと事実を分析した、読み応えのある分析、評論記事を掲載する。世界の主要紙を意識し、記事が国際レベルで見て室の高いものであることを目指す。

新聞八策(5)ウェブと連動するなどして、記事の字数を飛躍的に増やす。限られた字数の中で当たり障りのないことを書くという「芸」を廃し、議論を喚起し長く記憶に残るような「刺さる」記事を掲載することを目指す。

新聞八策(6)字数を同じにした升目のような書評欄の悪平等を廃す。それぞれの書き手が、一つの作品として自由な長さで書評を書けるようにする。各月に発表された作品に触れることが政治性を帯びる文芸時評、論壇時評の愚を廃し、書き手がフリーハンドで文芸、論壇の潮流を論じられるようにする。

新聞八策(7)投書欄を活性化させる。すべて同じ長さという悪平等を撤廃。一行だけの投書や、長文の投書があって良い。また、内容について、小学校の学級会の正義感のような「ストライクゾーン」を措定しないようにする。

新聞八策(8)最初から何百万読者向けの薄い内容を措定するのではなく、むしろ、ある熱いコミュニティ向けの記事があって良い。流行というものは、常に少数が多数を引っ張っていくものである。問題は、どのコミュニティにチューニングするか。

以上、2010年9月2日 茂木健一郎ツイッター・アカウント上にて。

http://twitter.com/kenichiromogi 

9月 4, 2010 at 09:50 午前 |

田中角栄氏に関しての連続ツイート

昨日深夜の田中角栄氏についての連続ツイートを、ここにまとめて掲載します。

茂木健一郎


金曜またぎの深夜でもあるし、帰って来ながらいろいろ考えたので、いつもは朝やる連続ツイートを、もう少ししたらやりたいと思います。

角栄(1)あれは数年前だったか、学生たちとカラオケをしている時に、「まあ、その〜国民のみなさまにはですね、まあ、その〜」と田中角栄のものまねをしたら、誰もわからなかった。昭和を象徴するあの人のダミ声を知らない世代が生まれてきているのだと知り、ショックだった。

角栄(2)その頃から、なぜか、田中角栄さんのことが気になった。最近になって、いろいろな意味で田中さんと比較される小沢一郎さんについての、マスコミの報道ぶりを見ていて、なぜ角栄さんのことが気になっていたのか、わかった気がする。角栄さんは、私たち日本人にとって、一つの「宿題」なのだ。

角栄(3)田中角栄さんは、高等小学校と中央工学校を卒業という決してエリートとは言えない出自の中、持ち前の強靱な知性と驚くべきバイタリティで、ついには総理大臣まで上り詰めた。支持率も高く、マスコミは「今太閤」と褒め称えた。

角栄(4)「コンピュータ付きブルドーザー」と評された頭の回転の速さと、エネルギー。人心を掌握する術にもたけていた田中角栄さんが、卓越した人物であったことを疑う人はいないだろう

角栄(5)田中角栄さんの最大の功績は、日中国交正常化を成し遂げたことだった。ニクソンの電撃的訪中によって、日本が「ジャパン・ナッシング」になる危険を察知した角栄さんは、総理大臣として驚くべきスピードで調整し、いろいろと障害のあった日中の国交正常化を成し遂げた。

角栄(6)その驚異的な頭の回転は、幾つもの伝説を読んでいる。大蔵大臣に就任した時、大臣室に来た官僚たち一人ひとりの名前を、フルネームで呼んで、居並ぶひとたちを感激させたという。

角栄(7)政治家にとって、他人の名前を覚えるのは大事な能力うっかり誰かの名前を忘れてしまうと、角栄さんは、握手をしながら、「君の名前はなんだっけ?」と聞き、「鈴木です」と答えると、「名字はわかっているよ。下の名前はなんだっけ?」と相手を傷つけずに聞き出したのだという。

角栄(8)「日本列島改造論」などで、狂乱物価を引き起こしたと批判された田中角栄さんだが、その旺盛な活動の背後には、故郷の新潟の貧しさに対する深い思いがあった。何とか、冬は豪雪に覆われる地域の人々の生活を向上させたいと願ったのである。

角栄(9)「今太閤」とたたえられた田中角栄さんの運命が暗転したのは、マスコミが「田中金脈」批判のキャンペーンを張ったことだった。集中豪雨的な批判記事の圧力の下、角栄さんは総理大臣を辞した。

角栄(10)辞任の翌年、米国の上院における証言から、「ロッキード事件」が発覚する。「総理の犯罪」を追求するマスコミの嵐のような記事。角栄さんは、逮捕され、一審で実刑判決を受ける。

角栄(11)逮捕、起訴後も、角栄さんは自民党内で力を持ち続けた。そんな角栄さんに、マスコミは「闇将軍」というレッテルを張った。やがて、角栄さんは病に倒れ、その影響力は次第に低下していく。

角栄(12)最高裁に上告中、角栄さんは帰らぬ人となる。その刑事責任は、結局確定しないまま、公訴は消滅することとなった。

角栄(13)田中金脈追及からロッキード事件発覚にかけて、私は小学生から中学生だった。当時の私は、マスコミの記事、報道をそのまま信じて、田中角栄という人は悪いひとだ、「よっしゃ、よっしゃ」といって賄賂を受け取った、その後も「闇将軍」として居残り続けていると思っていた。

角栄(14)その一方で、人間としての田中角栄という人を、どうしても憎む気にはなれなかった。その頃、『わたくしの少年時代』という自伝を読んだことがある。そこから伝わってくるのは、あくまでも真っ直ぐな、情熱に満ちた人柄だった。

角栄(15)それでも、長い間、「総理の犯罪」「田中金脈」「闇将軍」というレッテルから、私の思考は自由にならなかった。田中角栄さんのことが気になり始めたのは、今年になって、日本の良識ある人々の中で、検察や、マスコミの「正義」に対する不信感が本格的に頭をもたげてからのことである。

角栄(16)マスコミは「政治とカネ」と一つ覚えのように言う。統計的に考えて、その悪弊はさまざまな政党のさまざまな人たちにポアソン分布で生じるだろう。それなのに、なぜ、政権交代を果たしたばかりの政党の代表と幹事長だけが狙い撃ちされるのか、まずここでおかしいと思った。

角栄(17)マスコミや検察の「正義」が絶対的なものではないということは、成熟した民主主義の下では当たり前のことだろう。ところが、「有罪率が100%近い」という近代国家ではあり得ない事態の下、日本人は、長らく、マスコミと検察は絶対正義であるという「幻想」の魔法の下にあった。

角栄(18)魔法がとけて見ると、田中角栄さんのことが気になり始めた。あの一連の出来事は、一体何だったのだろう? あの一切の異論、反論を許さないような報道の嵐の中で、本当に「正義」はなされたのか? 田中角栄さんは、マスコミが描こうとしたような、極悪人だったのか?

角栄(19)田中角栄さんの問題は、日本人が未解決のまま抱えている宿題だと思う。あれほど功績のあった人、卓越した人を、マスコミがヒステリーじみたキャンペーンで、葬りさった。その狂乱の本質は何だったのか、私たちは振り返り、整理すべき時期が来ている。

角栄(20)中国の人たちは、日本のマスコミのキャンペーンに踊らされなかった。日中関係の井戸を掘った偉人として、首脳が日本を訪れる度に、田中角栄氏を訪問した、今考えると、角栄という人物の本質を見ていたのは、マスコミだったのか、それとも中国の人たちだったのか?

角栄(21)自分たちに絶対的な正義があると思っている人たちは、うさんくさい。「闇将軍」などと揶揄する記事を匿名で書き飛ばしていた新聞記者たちと、田中角栄さんと、どちらが人間として興味深く、また誠実に生きていたのか、今となっては答えは明かであるように私には思える。

角栄(22)ニーチェは、人間の最悪の罪の一つとして「ルサンチマン」を挙げた。田中角栄氏をめぐる一方的な報道ぶりを振り返ると、そこには、新聞記者たちの、角栄さんに対するルサンチマンがあったと思えてならない。

角栄(23)そもそも、権力者を次々と犯罪者に仕立てるのは、未成熟な国の特徴である。すばらしい点の多々あるお隣の国、韓国はまた、元大統領が次々と刑事被告人に貶められる国でもある。一方、成熟した民主主義の国では、そのような極端な変動は、絶えて久しい。

角栄(24)成熟した英国流のカモン・センスから言えば、田中角栄氏の「犯罪」は、果たして、あれほどのヒステリックな断罪が行われるべきことだったのか、大いにあやしい。少なくとも、その功績とのバランスにおいて総合的に判断する、そのような知的態度は有り得たはずである。

角栄(25)私は、過去に遡って、田中角栄氏にあやまりたい。小学校から中学校という、世間知らずの年代だったとは言え、自らの正義を信じて疑わないマスコミのヒステリックな報道によって、「闇将軍」であり、「悪人」であるとたとえ一時期でも思ってしまったことに対して、心から謝罪したい。

角栄(26)今、こうやって振り返って思い出すのは、ロッキード事件の渦中にあった頃の田中角栄氏が時折見せていた、孤独でさびしそうな横顔である。あそこには、人間の真実があった。一方、居丈高に正義を振りかざしていたマスコミの様子を思い出すと、浅薄さといやしさの印象だけが強まってくる。

角栄(27)ロッキード事件が明るみに出たあとも、田中角栄氏は、新潟でトップ当選し続けた。マスコミは、新潟の選挙民の意識が低いなどと揶揄し続けた。今考えれば、人間としてまともだったのは、一体どちらだったのだろう。

角栄(28)人間は、過去を振り返り、反省することで、未来への指針を得ることができる。日本の国の将来を、小学生の学級会のような幼稚な「正義」で危うくしてはならない。今こそ、田中角栄さんをめぐる一連の事態は一体何だったのか、真剣に検討すべき時期が来ているのではないか。

以上、田中角栄氏に関しての連続ツイートでした。深夜、大変お騒がせしました。おやすみなさい。

http://twitter.com/kenichiromogi 


田中角栄氏

http://bit.ly/9l5CXv 
田中角栄氏の演説(youtube)

9月 4, 2010 at 07:42 午前 |

2010/09/01

「偶有性」忌避という「風土病」

 生きる中で、将来がどうなるかわからないということ。自分たちが置かれている状況に、何らの必然性もないこと。このような「偶有性」という名の時代精神を象徴するモンスターから、日本人は目を逸らそうとしている。だからこそ、不安になるのである。

 「偶有性」は、近代以降の日本人にとって慣れ親しんだメタファーを使えば、まさに「外国」から来た「黒船」である。インターネットの登場によって、世界は「偶有性」のダイナミックスの中に投げ込まれようとしている。長い間固定されてきた秩序、システムが崩壊し、新しい、よりフレキシブルなものに取って代わられる。このような変化は、好むと好まざるとにかかわらず、一つの歴史的必然である。

 世界中の人が、「グローバリズム」という「偶有性の海」に飛び込み、大競争し、胆力を鍛える。そんな時代に、日本人は「偶有性」というモンスターに背を向け、惰眠をむさぼっている。本当は、不可避な変化がすぐそこまで迫ってきているとわかっているのに、恐くて、不安で仕方がない。だから、逃げ続け、安全な「小世界」の中で汲々としている。その「小世界」の持続可能性自体が危うくなっているというのに。

 小学校の時から、「受験勉強」に駆り立てる。それぞれの個性と関心に合わせた世界に没入し、ユニークな能力を伸ばすのではなく、驚くほど単調な「ペーパーテスト」という「モノカルチャー」の中で競い合う。最終的な目的は、「有名大学」というメンバー数が限られた「クラブ」への入会。一度入会してしまえば、学問の内容が真剣に問われ、深められていくこともない。大学三年から今度は「一流企業」という限られた「パイ」への就職競争が始まる。まるで、そこに所属しさえすれば、一生の幸せが保証されるとでも言うように。無反省なマスメディアが、そのようなステレオ・タイプ的認知をあおり立てる。

 受験、進学校、有名大学、一流企業。そのような敷かれたレールの上に人生の「幸せの方程式」があると思うこと。これが、現代日本の最大の宿痾である。「偶有性」の忌避こそが、現代日本にはびこる「風土病」であるとも言える。現代文明を特徴付けている「偶有性」に背を向け続ける。これこそが、日本の「失われた10年」、「失われた20年」を特徴付ける神経症状だった。

 最も悲劇的だったのは、国の行く末を指導し、ヴィジョンを示すはずの「エリート」と呼ばれる人たちが、最も「偶有性」から遠い存在だったということだろう。日本において、「エリート」とは、すなわち、「こうすれば社会から認められ、成功する」というローカル・ルールに黙々と従う人のことであり、決して、偶有性の海の中で泳ぎ続ける人たちのことではなかった。受験勉強を重ね、有名大学に入り、官僚になったり、一流企業の社員になる。そのプロセスには、「競争」はあったかもしれないが、そもそもの競争のルールや、どちらの方向に行くべきかというヴィジョンに関する揺れ動きは一切ない。

 グローバリズムの時代になったとはいえ、人々が一人残らずその自体の中で闘うべきだとまでは言い切れない。坂本龍馬の座右の銘とされる「世に生を得るは事をなすにあり」の気概で世界と渡り合う人たちは、私たちのうち、ごく少数でもいいのかもしれない。

 しかし、エリートと呼ばれる人たちが、国のために「偶有性の海」に飛び込まずに、一体他の誰が飛
び込もうというのだろうか。自分自身が「有名大学」に所属することばかりを考え、官僚になれば自分の省庁の既得権益を守ることばかりに熱心である。そのような「偶有性」から程遠い振るまい、考え方が、いわゆる「エリート」の間に蔓延している。それでいて、ちっぽけなプライドばかり高い。これでは、国が傾くのは当然のことである。

 何の保証もない「偶有性の海」に飛び込むこと。その勇気がなければ、この世で面白い展開などあるはずがない。日本人は、ずいぶんとつまらない生き方を自らに強いてきたのである。

9月 1, 2010 at 09:09 午前 |