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2010/06/18

この子が五歳の頃に。

 仕事で北陸に来た。
 
 一日のスケジュールを終えて、仕事仲間たちと温泉に投宿した。

 お肌がすべすべになる、とても良い温泉。

 食事の時に話が弾んで、カラオケに行こうということになった。幸い、ホテルの中に、カラオケを歌えるところがあった。

 入ってみたら、広い空間にソファがたくさん置いてあって、カラオケの機械が端にある。

 先に、数名のおじさんたちの団体が来ていた。何人か、お店の女の人たちが一緒に座っていた。

 ぼくたちが曲を入れる前に、そのおじさんたちの曲がかかった。すべて、昔懐かしい演歌だった。

 演歌がかかると、おじさんたちは二つのことをした。一つは、もちろん、モニタの前に立って歌うこと。そうして、もう一つは、おじさんたちが、お店の女の人たちと一緒に、曲に合わせてダンスを踊ること。

 「あれ、これ、チークの曲だったっけ?」とカモさんが言った。「スローな曲だったら、何でもいいんじゃないんでしょうか」と僕は言った。

 とにかく、そのようにして、おじさんたちはお店の女の人たちと曲がかかるたびに踊った。おじさんたちはにやけていた。それに対して、お店の女の人たちの振るまいには、研ぎ澄まされた間合いと正確さがあった。

 「こんな光景を見るのは、ひさしぶりだな」とカモさんが言った。ぼくも、何だか、込み上げるものがあった。

 お店の女の人の中に、30歳くらいだろうか。少し大柄の女の人がいた。その人は、おじさんと演歌でデュエットをしたり、スローなダンスを踊ったり、淡々と仕事をこなしていた。

 白と黒のギンガム・チェックのドレス。その女の人は、ゆったりと、ゆっくりと、フロアの上を移動していた。

 この子が五歳の頃に。

 かわいい、小さな女の子だったろう。おかっぱで、目を輝かせて、お人形さんごっごが好きで。どんな夢を抱いていたのかな。お菓子やさんになりたいと言ってお母さんを笑わせたり、私、素敵なお嫁さんになる、と言って、お父さんがにこにこしたり。

 時は流れた。

 突然、マツオカが立ち上がって、自分で自分の肩に手を伸ばして、ゆったりと踊り始めた。

 ずいぶんビールやウィスキーを飲んで酔っぱらっていたマツオカ。

 きっと、何かを感じて、いたたまれなくなったのだろう。マツオカは立ち上がって、自分で自分を抱きしめながら、踊り続けた。

 ダンス、ダンス、ダンス。

 マツオカは、踊りながら、店の女の人と、ゆったりと踊っているおじさんたちに、近づいていく。近づき過ぎる、とうくらいに近づいていく。

 この子が五歳の頃に。

 夢見た物語の中には、そのカラオケスナックの光景はなかったかもしれない。スローな曲がかかる度に、自分の手をとり、フロアへと誘うおじさんたちの姿もなかったかもしれない。

 しかし、自分の肩に両手を伸ばし、自分を抱きしめて踊っているマツオカの姿は、どこかぎりぎりのところで、この子が五歳の頃の夢の続きを見させてくれているのかもしれなかった。

 ぼくは、クソウと思い、ついつい尾崎豊の『十五の夜』を入れてしまった。

6月 18, 2010 at 05:38 午前 |