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2010/06/10

どうして、勉強すると、ふにゃふにゃになるのか。

子ども 「先生、この前、勉強することの意味は、ふにゃふにゃになることだと言っていましたよね。」

先生 「ああ、そうだったね。」

子ども 「今日は、それがどういうことか、教えてくださいませんか? どうして、勉強すると、ふにゃふにゃになるのか。」

先生 「ああ、いいよ。もちろんだとも! 君は、スパゲティは好きかい?」

子ども 「ええ。ミートソースとか、ナポリタンとか。カルボナーラも好き。」

先生 「スパゲティの一番おいしい茹で方は、どういうのか知っているかい?」

子ども「知りません。」

先生 「アルデンテと言ってね、芯が少し硬くて、中が柔らかいのがいちばん美味しいゆで方なんだ。」

子ども「ふうん。」

先生 「勉強することは、つまり、アルデンテになることなのさ。」

子ども 「えっ、スパゲティと同じなんですか?!」

先生 「そう、おいしいスパゲティと同じ。君には、まだわからないかもしれないけれども、人生ってさ、どんなに勉強しても、結局わからないことばかりなんだよね。」

子ども 「えっ、そうなんですか。ぼく、先生ならば、何でも知っているんだと思っていました。」

先生 「ところが、そうでもないのさ。どんなに勉強しても、結局未来がどうなるかわからない。自分一人の人生はもちろん、世界についてもどうなるかわからない。だから、結局、出たとこ勝負で生きるしかないんだけどさ。」

子ども 「出たとこ勝負!?」

先生 「そう、出たとこ勝負。その、出たとこ勝負においては、ふにゃふにゃにやわらかいことが肝心だ。何しろ、何が起こるかわからないのだから、どんなことが起こっても、ちゃんと対応できなければならない。ふにゃふにゃに、柔軟に適応できなければならない。そのために、勉強が必要なのさ。」

子ども 「親戚のおじさんが、学校に行って勉強ばかりしていると、頭が硬くなるぞ、と言っていました。あの時、おじさん、お酒を飲んで酔っていたけれど。。。勉強をすると、ふにゃふにゃになって、どんなことが起こっても大丈夫になるのですか?」

先生 「大丈夫、という保証はもちろんない。だけど、大切なことを勉強して、自分の中に揺れ動くことのない硬い芯、難しいことばで言えば<プリンシプル>ができればできるほど、外側はやわらかく対応できる。これが、スパゲティで言えば、アルデンテな人間さ。ところが、ろくに勉強しないで、自分の中に確固たる芯がない人ほど、頑なになる。どうしてかわかるかい?」

子ども 「どうしてでしょう。」

先生 「自分の芯がぐずぐずに柔らかいことを知っているから、何が起こるかわからない世界がこわくなって、外側の殻をがちがちに硬く固めてしまうのさ。そういう人は、ある特定の価値観にこだわったり、それを人に押しつけたりする。一方、芯がしっかりとして、少々の強い風が吹いても折れないと自信がある人は、平気で自分を世界にさらすことができる。だから、アルデンテ。」

子ども 「ふうん。じゃあ、先生も、アルデンテ?」

先生 「まあ、なかなか理想の通りには行かないけれども、芯がしっかりしていて、外はやわらかい、というのが理想だな。」

子ども 「ぼくも、アルデンテになりたい!」

先生 「まあ、とにかく、いろいろと大いに勉強して、少しずつ勉強することの意味を理解していくといいね。ある意味では、勉強することの意味を知るために、勉強しているとも言える。どうだい、難しい話ばかりして、お腹が空かないかい? スパゲティでも食べに行こうか。」

子ども 「うん! おいしいスパゲティを食べて、アルデンテの研究をする!」

先生 「こいつめ、現金なやつだ。」

子ども 「へへへ。」

6月 10, 2010 at 06:07 午後 |