« 「けんもぎTV」オープン | トップページ | 「ガラパゴス化」を通して地球規模で連帯すること »

2010/06/01

螢の光の筋は、まるで、抑えていたものが心の奥底からあふれ出た、涙のようにすーっと流れて、そうして消えた。

6月になった。

あれは6歳くらいの頃だったか、「螢を見に行くよ」と親に連れられて、車で走った。

現地に向かう車中で、私は半信半疑だった。本当に、この世界に、「螢」という生きものがいるのだろうか。

ゲンジボタルや、ヘイケボタルという昆虫の種について、知識としては知っていた。しかし、この地上にそのような昆虫がいるということが、どうしても感覚として信じることができなかったのである。

私は、ものごころついた頃から家の周囲の雑木林で昆虫ばかり追いかけていた。だから、大抵の虫は見慣れているはずだった。
 
私が蝶を追いかけていた森は、畑に囲まれた乾いた土地で、螢の棲息には適していなかったのだろう。

虫取りに夢中になって、いつの間にか周囲が暗くなってくるということはよくあった。もし螢がいるのならば、とっくに出会っていたはずだった。

螢というのは、お話には出てくるし、図鑑にも載っているけれども、本当にこの世界の中にいるのだろうか。

わざわざ出かけていっても、螢いるのかな。

私は、なぜかちょっとふて腐れたような気持ちで、後部座席に隠れるように座っていた。


30分くらい走ったろうか。

たどり着いたその場所は、水田地帯の真ん中のようだった。車のランプが消え、エンジン音が止まると、やさしい暗がりの静寂が訪れた。

こんな所に来て、螢、本当にいるのかな。

私は、やさしい暗がりに包まれながら、子どもらしい頑固な疑いの念をまだ持っていた。

「こっちの方だよ。」

父の手に引かれて、私は歩いた。二つ下の妹も、私たちの後を追った。

暗がりの中、草むらが私のふくらはぎを刺激した。静寂の底から、カエルの声が聞こえ始めた。
蚊に刺されたと言って、妹が騒ぎ始めた。

その時。

一つの光の筋がすっと前を通り過ぎた。

まるであっさりと、夏の日に氷の中にうかぶ色つきそうめんの優美な曲線のように、暗闇の中を光の粒がすーっと流れて、そうして消えた。

「いたよ!」

妹が、そう叫んだ。

螢は、本当にいた。私の小さな魂は、その時、心の底から震撼したに違いない。

知識が、経験になること。
長くたくらみ、予想し、思い描いていたことが、目の前に表れること。

螢の光の筋は、まるで、抑えていたものが心の奥底からあふれ出た、涙のようにすーっと流れて、そうして消えた。

あのような時に、人は、どんなに苦しくても、辛くても、この世界は生きている価値があると学ぶのではないか。

幼い日に出会った一匹の螢が、その後の生きる力を与えてくれるということはあるのではないか。

気付いてみれば、螢は、あちらにもこちらにもいた。すーっと飛んで、そして消える。

そのリズムを追いかけることに、幼い私はいつの間にか夢中になっていた。

走って。息を弾ませて。窺って。そっと近づいて。

そうして、私は今、ここにいる。

6月 1, 2010 at 06:57 午前 |