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2010/06/03

愛国心について

子ども 「先生、愛国心について、どう思いますか? 先日、学校の先生が教えてくれたのですが。」

先生 「自分の生まれた国を、愛するということだ、って習っだろう?」

子ども 「ええ。先生には、愛国心はありますか?」

先生 「それは、あるよ。自分の生まれた国を愛するのは、人間として自然な気持ちだからね。」

子ども 「それじゃあ、愛国心って、いいものなんですね?」

先生 「そりゃあ、そうさ。一方で、イギリスの文学者、サミュエル・ジョンソンの、『愛国心とは、ならず者の最後の砦である』(Patriotism is the last resort of a scoundrel)という言葉もある。」

子ども 「ならず者!」

先生 「サミュエル・ジョンソンは、とても頭の良い人で、愛国心が、間違った使われ方をすると、とんでもないことになると警告したんだね。」

子ども 「ふうん。愛国心って、難しいんですね。」

先生 「そうだよ。大人にとっても、とても難しい。いくら議論しても、議論したりないくらいだ。」

子ども 「じゃあ、ぼくがわからなくても、仕方がないですね。」

先生 「そうだねえ。でも、とりあえず、『うちの父ちゃん日本一』とでも思っておけばいいんじゃないかな。」

子ども 「うちの父ちゃん日本一!?」

先生 「そう。君は、自分の父親は好きかい?

子ども 「それは、もちろん。尊敬しています。」

先生 「いいお父さんで良かったね! 場合によっては、あまりお父さんが尊敬できないと思ったり、好きじゃないと思う場合もあるかもしれないけれども、いずれにせよ、父親というのは一人しかいないわけだから、自分にとって特別な存在であることは確かだよね。」

子ども 「それは、そうです。」

先生 「愛国心も同じさ。自分の生まれた国なんだから、自分にとって、特別な存在であることは、当然のことだ。しかし一方で、『うちの父ちゃん日本一』というのは、あくまでも、君にとってのことで、他の人から見たら、君のお父さんは、社会の中にたくさんいるおじさんの、一人に過ぎないだろう? どんなにすぐれた、すばらしい人だとしても。」

子ども 「ああ、なるほど。」

先生 「愛国心というのは、つまり、『うちの父ちゃん日本一』のようなもの。そんな、自分の父親を一番だと思う人たちが集まって、社会ができているのと同じように、自分の国が一番大切だと思う人たちが集まって、地球ができている。そこのところを、とくと考えなければならない。」

子ども 「何となくわかってきました。」

先生 「二つの道があるんじゃないかな。一つは、『うちの父ちゃん日本一』と思う自分の気持ちはそのまま大切にして、相手の立場を思いやる、そんな気持ちを持ってこれからの地球社会を生きること。なにしろ、あっちはあっちで、『うちの父ちゃん日本一』と思っていて、どちらが偉い、ということはないわけだから。そういう気持ちでいれば、自然と、自分の国にとらわれない、人類普遍な価値を生み出すことができる。」

子ども (目を輝かせて)「そうか!」

先生 「もう一つは、それでも、『うちの父ちゃん日本一』ということにこだわってしまう人がいたら、そういう人の生き方の必然性も、また理解するということかな。アインシュタインが言っているけれども、どんな人でも、その行動には必然性があるんだ。」

子ども 「先生が、このような考え方を持つようになったことも・・・」

先生 「もちろん、そこには、必然性があったのだと思う。一人ひとりの人生に、それぞれの必然性があるんだね。それを、お互いに尊重しなければ。」

6月 3, 2010 at 08:41 午後 |