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2010/06/19

ツイッター私塾

ツイッター私塾

インターネットの発達により、学術情報自体は、ネット上にふんだんに存在する時代になった。誰でも無料で多くの情報に接することができる。そのような時代には、「大学」の役割は変化する。情報そのものではなく、「人」が重要な資源となる。

人の知性の総合性は、アルゴリズム・ベースの人工知能で書くことができない。それは、生身の人間がその肉体の中に持つ体系性の中に提示されるしかない。大学の役割は、すぐれた教員、すぐれた友人との出会いだろう。

生の有機的体系性の重要さを一歩進めると、「私塾」の思想となる。大学とは、私塾の集まりであると言ってもよい。幕末、多くの私塾が有為の人材を輩出した。松下村塾、適塾など。

しばらく前に、「私塾」をやりたいなと思った。しかし、時間的にも、場所的にも、なかなか難しいものがあった。一番の困難の一つは、どのようにして人を「セレクト」するかである。誰でも入れるオープンなシステムを保ちながら、同時に、高度な部分で切磋琢磨できるようにする。そのような組織作りは、とても難しいということが経験でわかっていた。

数日前、セレンディピティが訪れた。ツイッターでさまざまな質問が寄せられる。私のアカウント(@kenichiromogi)に、質問がくる。今までは、「こんな質問、答えられるかよ!」とスルーすることが多かったが、たとえ、あまり「分かっていない」あるいは「趣味の悪い」質問でも、工夫すれば、そこに学びの可能性があることに気付いた。

また、ツイッターには「劇場効果」がある。私と質問者のやりとりを横から見ていることで、多くの人が何かを感じ、学ぶことができる。そのフィードバックを通して、私自身も学ぶことができる。

全ての質問に答えることは、必ずしもできない。自然に、質問にも、「淘汰圧」がかかることになる。

140字だから、忙しい仕事や、スケジュールの合間をぬって、こまめに返答することができる。140字でも、「指し示し」や「志向性」は伝えることができる。短く端的に表現するのは、お互い良い訓練になる。

「ツイッター私塾」の試みを、しばらく続けてみようと思う。

6月 19, 2010 at 07:15 午前 |