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2010/06/05

 ぼくは、この人たちに向って日本を売り込まなければならない。

 アメリカに最初に来たのは、15歳の時、カナダのヴァンクーヴァーに行く途中にトランジットで立ち寄った時だった。

 ロサンジェルスの空港で、アフリカ系のとても身体が大きい人が、荷物を押している光景が衝撃的だった。

 何度か訪問の機会があったが、本格的にアメリカを訪れたのは22歳の日米学生会議の時で、一ヶ月間アメリカ各地を転々としながら、アメリカの参加者たちと議論したり、話をしたりした。

 その後も、会議などで毎年のように訪問しているけれども、今回の訪問においては、何故か底にある緊張感が異なる。

 日本という文明が、もはや維持可能なものではないかもしれないとう危機感から、自分自身が何よりもトランスフォームしなければならないという切迫感と、街を歩いていて出会うアメリカ人に対しても、「ぼくは、この人たちに向って日本を売り込まなければならないんだ」「ぼくの書くものを、この人たちによって受け入れてもらわなければならないのだ」という課題設定が切実に感じられるのである。

 もはや、日本国内でお互いの揚げ足取りをしたり、枝葉末節にこだわっている場合ではないと思う。

 鍵になるのは、英語力だけではなくて、文脈の設定や行動の指針における偶有性の構造そのものであって、日本人たちが教育や社会制度、さまざまな考え方によってお互いに強め合ってきた偶有性に対する態度が、もはやどうにも使い勝手が悪くなってしまっているのだ。

 ここからどこに行くか。

 ぼくの人生は、プラトーに達したり、収束する方向に向かうというよりは、むしろティーンエイジャーのようなチャレンジの方に向かうのだろう。

6月 5, 2010 at 10:00 午後 |