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2010/06/29

日本から世界へ。世界から日本へ。

 東京大学を初めとする日本の大学が、とりわけ学部学生の構成などから見て「ガラパゴス化」している。このような現状では、アメリカのハーバード大学、イェール大学などに留学するのは一つの選択肢である。

 そこでは、現代の世界の「リンガ・フランカ」である英語で教育が行われている。英語で議論し、自分を表現し、世界に関するシステムを構築していくという能力を身につけることができる。大学を修了後、地球を覆う「スモール・ワールド・ネットワーク」の中でコミュニケーションし、活躍することも、おそらくはやりやすいだろう。 

 しかし、ハーバードやイェールに学部の時から留学する高校生が増えれば、それで万々歳というわけでは必ずしもない。高校生が、日本の大学に進学せずに、アメリカの大学を選択するようになることは、いわば「二つの悪」のうちどちらを選ぶか、ということに近い。そもそも、高等教育を、外国に「丸投げ」してしまって、まともに国が運営できるわけもない。近代化から何周か回った地点にある現在の日本にとって、「脱ガラパゴス化」の本当の道は、別のところにあるはずである。

 プロ野球においては、一時期、一流選手の大リーグへの流出が問題になった。その過程で、あたかも、日本のプロ野球がアメリカの大リーグの一段下、その下部リーグと化しているというような間違った評価も目立った。

 その後、大リーグ機構の肝いりで始まった「ワールド・ベースボール・クラシック」において日本が第一回、第二回と続けて優勝したこともあって、日本のプロ野球よりもアメリカの大リーグの方が格が上であるという「誤った劣等感」は、是正されている。今はむしろ、日本のプロ野球はアメリカ大リーグとは異なるスタイルで、野球というスポーツにおける卓越を追求しているというイメージが強くなっているのではないか。

 日本とアメリカの大学も、同じこと。ガチンコで闘えば、案外勝てるかもしれない。問題は、日本の大学が、学部の頃からの優秀な学生集めという点において、そもそも同じ土俵に立っていないこと。受験しやすいように、SAT、TOEFLなどを試験として採用したり、キャンパスにおける言語政策(language policy)の考慮を通して、本気になって世界の優秀な学生を獲得する土俵に立ってみたらどうか。 

 同時に、日本の高校生が、18歳の時点でハーバードやイェールを目指せるように、英語教育を根本的に考え直す。これからの世代の英語力を底上げすることで、日本全体の国際的なコミュニケーション能力が高まっていくはずである。

 日本から世界へ。世界から日本へ。双方向の流れが充実していけば、日本の高等教育機関の筋肉は大いに鍛えられ、日本の国益にも必ず資するだろう。

6月 29, 2010 at 07:03 午前 |