« リリーさん、これからも、一緒に闘おう。 | トップページ | サッカーは判断力。 »

2010/06/13

連結した多様性のクラスター

グローバリズムの進行によって、世界が「単連結」になっていくことは、必ずしもさまざまなものが均質化することを意味するのではない。

むしろ、世界中が一つに結ばれつつも、その内部で多様性が保たれるための方法論があるはずである。

世界中の人たちと向き合い、交流することで、「均質化」だけでなく、「多様化」のダイナミクスもまた、作用し得るはずだ。

一つのひな型が、脳である。脳の中の神経細胞のネットワークは、疑いなく「単連結」である。(そもそも、そうでなければ、一人の「人物」として、無意識のプロセスと意識のプロセスにまたがる統合された「人格」が形成されない。

その脳内の神経細胞の活動によって生み出される私たちの「心」の中に、さまざまなクオリアが生まれる。また、無限といってよいほどの観念が存在する。
脳の生み出す心の、そのような有り様を観察すれば、単連結になったがゆえに、むしろ多様性が育まれる、そんなメカニズムがあるはずだと思えてくる。

もう一つのひな型は進化である。世界が結ばれ、共通の淘汰圧がかかることで、種が単一化するのではなく、むしろ多様化する。そんな道筋があるはずだ。それは、もう、始まっているのではないか。マスメディアから、多様なロングテールメディアへの移行の中に。

私たち一人ひとりの心づもりとしては、だから、思い切り個性的になり、異彩を放っていいのだと覚悟することだろう。皆が、アメリカ人のようになる必要はない。むしろ、エキゾティックでも良い。その方が、グローバリズムによって開かれる組み合わせのダイナミクスにおいて、多様性を醸成することにつながる。

実際に多様性の増大に帰結するためには、異なる生態学的ニッチが、相互作用空間の中に用意されなければならないだろう。

そうして、多様性がただそれぞれ孤独のうちに存在するのではなく、実質的に相互作用し、お互いに向き合うためには、何らかの共通の基盤が必要である。相互作用のための共通の基盤を持つことは、多様性の低下への道筋ではなく、むしろ、連結した多様性のクラスターが生み出されるための必要条件である。日本人にとっての英語習得の意義は、結局そこにあると言えるだろう。

6月 13, 2010 at 08:27 午前 |