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2010/05/21

電子書籍についてのあり得るシナリオ

アマゾン・キンドル、iPad、ソニー・リーダーなどの登場によって、電子書籍市場が盛り上がりを見せている。

日本市場では先行発売の形になったアマゾン・キンドルを買い、現時点では50冊くらいの英語の本を入れて読んでいる私自身の経験からすれば、電子書籍への移行は必然だと思う。

たとえば、次のようなこと。私は、同時並列的に複数の本を読むことが多い。従来、紙の本だと、読みさしのものをどこに置いたかわからなくなって、「読みたい」という時にすぐに見つからず、フラストレーションがたまっていた。

自分の脳が、ある特定の本をいつ「読みたい」と思うかわからない。その時に、すぐに読めるというタイム・ラグのなさが、電子書籍の圧倒的に優位な点である。

また、夏目漱石全集、シェークスピア全集、小林秀雄全集などの全集ものも、電子書籍ならば出しやすいし、読みやすい。そのうち、著作権が切れたテクストを集めて、明治傑作小説100選のような企画も成立するだろう。

単に従来の本が移行してくるだけでなく、全く新しい形態の本も出てくるだろう。この点においては、カラーの液晶画面を持っているiPadのポテンシャルが高い。たとえば、Alice in Wonderland for the iPadを見よ。

動画や音声を使った新しい形態の電子書籍の登場は必然だが、その時にもテクストの重要性と卓越は変わらないだろう。

むしろ、磨き上げられた、内容の濃いテクストこそが、新時代の電子書籍のバックボーンになると思われる。

ところで、最近日本の出版関係者と会うと、電子書籍の話題で持ちきりになる。

「黒船到来」という文脈で語られることが多いが、逆に言えば日本の出版社にとってのチャンスだと思う。電子書籍になれば、流通が世界的なものになる。発想を変えて、ピンチをチャンスとして、世界市場を狙えば良いと思う。とりわけ、マンガについては、すでに海外市場で広く受け入れられており、海外に出すメリットが多い。集英社の少年ジャンプが、日本で発売と同時に、あるいは時をおかずに世界的に電子書籍として流通する時代は、それほど遠くはないだろう。

また、英語ベースの書籍を日本発で発売するチャンスも増大するはずである。私個人としては、この潮流に加担したいと考えている。東京が、英語ベースの世界文化の一つの中心となる将来を構想する。

電子出版についての日本の出版社の様子を見ていると、その流れに全体重をかけられないというためらいが見られる。紙の本を出してきた経緯から、流通や書店に対して遠慮が見られるのである。

このため、電子書籍に関するあり得るシナリオとして、全くの異業種からの参入が起こり、しがらみのなさを活かして一気に大きなマーケットを占めてしまうということが現実的なものとなるだろう。逆に、既存の出版社は、異業種参入による電子書籍マーケットの喪失のリスクを考えれば、より積極的な電子書籍に関する経営方針を採用せざるを得ない状況になるはずである。

紙の本から電子書籍への移行期においては、紙の本は依然として重要な収入源であり続ける。このため、紙の本を一切なくしてしまうという方針ではなく、むしろ、電子書籍の登場によって開かれる新しい市場(上に挙げた巨大な「全集」ものなど)に着目するのが正しい経営判断となる。

5月 21, 2010 at 07:18 午前 |