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2010/04/25

○○は脳に良いですか?(その2)

 ある程度の蓋然性を持って、脳がより高い働きを果たすことが期待されることが皆無だというわけではない。

 たとえば「新しい」経験をすること。周知のように、人間には新奇選好(neophilia)があり、新しい体験を通して、さまざまなことを学ぶ。

 あるいは、体験の「多様性」を増大させること。ある一つの体験が、たとえ脳にとってどれほど効果的であったとしても、それだけに偏るのは危険である。性質の異なる、さまざまな体験を蓄積することが、頑強(ロバスト)な脳をつくることに資する。

 また、自分の中の確かな知識、経験の基盤を持って、不確実な状況に対すること。つまりは、確実性と不確実性の混ざった「偶有性」(contingency)に向き合うこと。偶有性に能動的にかかわることは、脳の学習を実質的な意味で進めることになる。

 新しい体験をすること。多様性を増大させること。偶有性と向き合うこと。これらの処方箋に共通なのは、それが個々の具体的な事項を越えたいわば「メタ」な概念であるということであり、また、一人ひとりの現状に依存して、その実質が異なるということである。

 「新しい」体験とは何かということは、人にとって異なる。ある人にとっては周知の出来事でも、別の人にとっては新しい体験かもしれない。何が新しいかは、本人にしかわからない。だから、新しい体験が脳に良いと言っても、それは、本人が能動的に探し求めなければならない。

 「多様性」という観点から、今何が欠けているかという判断も、人によって異なる。英語を母国語とする人にとっては、日本語を勉強することが多様性に資するだろう。一方、日本語を母国語とする話者にとっては、英語の習得が多様性に資する。いつも対人コミュニケーションを仕事としている人は、一人静かに本を読むことが多様性に寄与する。一方、デスクワークの多い人は、誰かとおしゃべりすることが多様性を増大させる。

 「偶有性」において、不確実な要素が何かといううことは、その人によって異なる。また、確実なことと不確実なことのバランスも、個人の資質と現在の状態に依存する。偶有性の処方箋は、各人に対して、それぞれの状況において書かれなければならない。

 このように、かなりの蓋然性をもって「脳に良い」と考えられることは、個々の具体的な事例を越えた「メタ性」と、一人ひとりの状況に依存した「個別性」を兼ね備えており、だからこそ、脳についてさまざまな文脈において措定される「評価関数」においても、頑強(ロバスト)なふるまいが期待される。

 世間で良く言われる「脳に良い」という言明は、上のようなメタな概念ではなく、個々の具体的な事例(たとえば、「朝チョコレートを食べると脳に良い」というように)に依存していて、だからこそ有効なものとはなっていない。
 
 「脳に良い」という概念の捉えられ方をより「メタ」で「個別的」なものにすることができれば、脳科学から社会に対する発信は、より実質的に意味があるものになるだろう。

4月 25, 2010 at 09:31 午前 |