脳のトリセツ 語り合おうよ
週刊ポスト 2010年4月9日号
脳のトリセツ 第36回
語り合おうよ
『ザ・コーヴ』やシー・シェパードの過激な行為に共通するのは、相手と条理を尽くして話し合おうという態度の欠如だ。
抜粋
イルカ漁や、捕鯨に対してどのような意見を持つかは別として、一つだけはっきりしていることがある。『ザ・コーヴ』の制作者にしても、シーシェパードの活動家にしても、相手と理を尽くして話し合うという態度に欠けているということである。
そもそも、人間が他の生命の犠牲の上に存在しているということについて、どのように考えるか? イルカや鯨と、牛や豚といった家畜はどのように違うのか? イルカや鯨が、家畜に比べて知性が高いというのは、本当か? 生命の尊重と、固有の文化の関係を、どう考えるか? そんなことについて、太地町の人たちと膝詰めで語り合うという姿勢が、『ザ・コーヴ』という映画からは感じられなかった。
イルカ漁が行われている入り江に至る道は、立ち入り禁止の札が立ち閉鎖されている。なぜそのような措置を取っているのか、地元の人に尋ねて、対話をする。それが、人間を相手にした場合にとるべき態度ではないか。まるで、地元の漁師さんたちが「敵」でもあるかのように、その意志を無視してかいくぐり、盗撮する。そこには、相手を人間として尊重し対話をする態度が認められない。
シーシェパードの人たちもそうである。捕鯨に反対するというのは良い。それならば、なぜ、理を尽くして語り、対論し、説得しようとしないのか。調査捕鯨船に向って物理的な妨害行動をとり続けるということは、すなわち、捕鯨船に乗っている人たちを、条理を尽くせばわかってもらえる人間として扱っていないということである。話が通じないと思うから、物理的に妨害しようとする。随分失礼な話ではないか。
『ザ・コーヴ』の制作者が、太地町の漁師さんたちと酒でも酌み交わして語り合えば、彼らがいかに気のいい、家族を愛するごく普通の人間であるかということがわかったはずである。人間同士の信頼感が築き上げられたはずである。その上で、イルカの命を奪うという漁の意味について、思う存分語り合えばよかったのではないか。
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4月 1, 2010 at 05:01 午前 | Permalink
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