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2010/04/23

英国のオバマ

英国の総選挙が面白い。

先週、英国の憲政史上初の主要政党による討論会が行われ、自由民主党のニック・クレッグ党首が、その清新な印象で一気に支持を広げた。

ニック・クレッグは英国のオバマである、という論調も出ている。長らく続いてきた労働党と保守党の二大政党制に風穴を開けた。

私が英国民だったら、ニック・クレッグが首相になることを望むだろう。また、一人の英国びいきとしても、ニック・クレッグが首相になった英国を見てみたい。

http://www.youtube.com/watch?v=rk5HvJmy_yg
4月15日に行われた第一回討論会(youtube)

しかし、ニック・クレッグには一つアキレス腱がある。

それは、第一回の討論会を見た時から気になっていたが、昨夜行われた第二回の討論会で、どうやら顕在化してきたらしい。

ニック・クレッグは、英国の核ミサイル「トリデント」の配備の更新について、冷戦時代の産物であり、もはや多額の税金を注ぎ込むことを正当化できないと主張している。このことが、おそらくは一番の弱点になるだろうと思っていた。

ニック・クレッグの言うことは、論理としてはおそらく正しい。「仮想敵国の主要都市を攻撃することを想定した核ミサイル」はもはや必要ないというのは、一つの理想論としても、また現実認識としても妥当だろう。

問題は、国家というものが持っている本来的な攻撃性である。「今は必要ないように思えても、もし状況が変わったらどうするんだ」「国家の安全が損なわれる」という「恐怖のキャンペーン」に対して、「太陽政策」を唱える者は守勢に立たされやすい。

不確実性に関する推測は、肥大化しやすい。特に、それが他者の攻撃性に対する恐怖である場合、野放図にふくらむ傾向がある。国防に関して、北風と太陽の勝負は最初から付いている。英国も、一つの普通の国家に過ぎない。

私は、一人の清新な理想主義者としてのニック・クレッグを支持する。その一方で、ニック・クレッグの主張が、戦争の世紀から10年を経たとは言え、主権国家の本来的暴力性の記憶がまだ色濃く残り、また自身も植民地支配という形でその暴力性の果実の享受者だった英国で、どれくらい受け入れられるか、大いに懸念する。

英国人は現実主義者であり、二十一世紀になっても、その現実の中には攻撃性の恐怖が含まれている。結局は、保守党のデービッド・キャメロン党首が勝利する結果になるのではないかと懸念する。「英国のオバマ」が勝利するための道のりは険しい。

「トライデント」の一点がアキレス腱となり、ニック・クレッグが勝利できないとすれば、もったいないことだと思う。しかし、選挙戦の途中で「トライデント」について政策変更をすることのリスクも大きい。リスクは大きいが、この点について少なくとも表現を変えることが、勝利への唯一の道であるようにも思う。


「英国のオバマ」ニック・クレッグ自由民主党党首

4月 23, 2010 at 07:28 午前 |