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2010/03/17

脳のトリセツ 乱世にこそ「教養」を

週刊ポスト 2010年3月26日号


脳のトリセツ 第34回

乱世にこそ「教養」を

大学の地盤沈下を防ぎ、ビジネスで画期的な商品を生み出すためにも、総合的な教養力の向上が不可欠だ。

抜粋

 その結果、どうなったか。大学の魅力が増大したという話はあまり聞かない。むしろ、大学の地盤沈下が進んでいる。何よりも痛いのは、経済や文化がグローバル化する中で、日本の大学が日本国内でしか通用しないという「ガラパゴス化」が進行しているということ。このままでは、日本の18歳の将来の展望が開けない。
 日本の大学の危機は、教育や研究に使われている言葉が日本語であるという「言語の壁」だけの問題ではないだろう。そもそも、大学とはどのような場所なのか、自己規定が揺らいでしまっていることに、根本的な課題がある。
 明治維新の際に西洋から「大学」という制度を「輸入」しつつも、その背景にある知的伝統をついには自分たちのものにできなかった、近代日本のほろ苦い失敗。大学の建て直しのためには、思い切って「教養」ないしは「リベラル・アーツ」の教育を充実させるしかないと私は考える。
 「教養」を重視するということは、決して、世の中の動きに背を向けることを意味するのではない。今よりも、大学のスタッフや学生が楽をするということでもない。むしろ、実質的な意味での「知性」の鍛錬のため、より多くのエネルギーを注ぐということである。
 どうも、世間では「教養」というものを勘違いしているのではないか。教養とは、余裕がある人の暇つぶしではない。むしろ、教養とは、命がけで身につけるものである。毎日全力で疾走して、初めて深められるものである。 

全文は「週刊ポスト」でお読み下さい。

http://www.weeklypost.com/100326jp/index.html

3月 17, 2010 at 07:14 午前 |