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2010/02/02

Zero gravity

 人間は重力に抗しているのだというフリードリッヒ・ニーチェの直観は、正しかったのではないかと思う。

 物理的な重力に抗するために、人間は飛行機を発明し、ロケットを作り、月に行った。しかし、それよりもはるかに前から、人間は精神の領域において無重力を志向してきたように思われる。

 ニュートンの独創性もまた、リンゴが落ちるのを見て無意識のうちに無重力を志向したゆえにではないか。

 言語は、一つの無重力の形式である。志向性が、「今、ここ」の限定を離れて自由に羽ばたくようになる時、そこに無重力が生まれる。

 できる限り、zero gravityの環境を保つこと。それが、唯一最大の目標となる。zero gravityの環境でこそ、創造性が最大に発揮される。

 重力に負けないように。他人に対しても、重力場を及ばさないように。

 『2001年宇宙の旅』で、宇宙船のシーンにヨハン・シュトラウスの『美しき青きドナウ』を当てたスタンリー・キューブリックは、zero gravityについて正しい直観を持っていたのだ。



2001年宇宙の旅。Zero Gravity。

2月 2, 2010 at 07:10 午前 |

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受信: 2010/02/03 5:13:36

コメント

茂木さんの大ファンです!

重力がもたらす恩恵と損失と生命と人…
無重力という言葉から直感的に想像する殺風景な風景…

私は、茂木さんの表現力がとても好きです!!
サイコーー

投稿: | 2010/02/04 15:02:50

茂木サン。 重力、プレッシャー、ストレス、型にはめる、固執する。

精神的に もっと自由に 軽快に 大きく広がりを持ち、自身を羽ばたかせる事が出来る

投稿: | 2010/02/03 0:15:49

茂木さん。こんばんは。
野口さんの乗る宇宙ステーションを地上から眺めながら、宇宙時代の到来に、胸躍らせています。
最近読んだSF小説の影響もあり、ダ・ヴィンチの作品にタイムマシンの面影を探してしまいます。
最後の晩餐の前に立ったとき、「肌で感じる絵」といいますか、眺める前から、絵の方向から熱が感じられて、大天才は温度まで描くのかと驚きました。
モナリザですが、背景が火星かもしれない、
書きかけの彼女の左手は、2500年にダ・ヴィンチ自身の筆で、書き足し完成するのかもしれない、などと考えています。
ダ・ヴィンチはタイムマシンに乗って、未来からやってきたと考えるのは、おろかでしょうか。

投稿: | 2010/02/03 0:12:19

茂木健一郎さま

言葉という概念

縛り、ではないですが
係留されている
それが
バアーと、それ!
という感覚
係留されていたロープが解かれ
偶有性の大海に

バアーんという
気づきは言葉を超越。

ニュートンさんが
果たして本当にリンゴをみて気がついたかが事実かは
些細なこと

本質は
そのような日常に真実がある気づき、と思う私です。

投稿: | 2010/02/02 23:26:54

無重力のお話を聞いて、ふわふわ気持ちよさそう!
私も、ふわふわ好きです♪
春の温かさにも似て、心地よくて、くすぐったくて、いつもそこにいて感じたい(*^。^*)
人と一緒の時に感じ、私も、こうゆうふわふわだぁい好きです(*⌒▽⌒*)

投稿: | 2010/02/02 22:38:11

imagenation…!

「今ここ」も含む重力の束縛から、自在になるいちばんの術・・・。

それは、やはり空想の世界に遊ぶこと。ことばで夢の世界をつむぐこと。

絵筆で、ペンで、目に見える形にして、昨日見た夢を再現すること。

そのとき、肉体は重力に縛られていても、心・精神・意識・魂だけは『無重力』の汀へと、やすやすと浮き上がる。

現実にばかり執着していると、夢を見られず、無重力の自由に魂を遊ばせられない。

苦しい時代だからこそ、夢を紡いで、無重力を志向するのだ。

投稿: | 2010/02/02 21:07:42

私にとって重力は、自我です。
先日、明大の講義で合田先生が自我は脳の中でどのように生まれてくるのか(ちょっと言葉が違うかもしれません)と質問されていましたが、とても興味があります。

心を内省して、自我を認識し、とらえることができれば、無重力の世界が広がるのではないかと思いました。
確かに世界や文化を超えた究極の目標だということが、哲学、仏教、歴史から見てもわかります。

オリンピックは、時々、自我という重力を超越した精神を見られるので今から楽しみです。

YUKI

投稿: | 2010/02/02 12:19:06

重力があって、無重力が志向されうる。 志向性が「今、ここ」の限定を離れて自由に羽ばたく・・。これが創造であり、詩であるように思う。

投稿: | 2010/02/02 10:38:37

朝の日差しを浴びた雪が、とととっつつつっと、梢の間を滑り落ちていきます、夕刻からの通り雨が雪に変わり、庭先は若草物語の朝のイメージです、CDの棚からマーラーの巨人を見つけ出し、聴いています
光に満ちた雪解けの朝は私の心に似合って、とてもさわやかで、ソルティの指揮する姿の向こうに、深い森と神秘的な湖が幻想されます
こうしてシンフォニーの空間に佇んでいると、いつの間にか心は地面を離れ心象風景の林は遠のき、空を羽ばたく大鷹になって、悠々と空を舞っている気持ちになってきます、zero.gravityの私だけの小さな体験
幸せは突然にやってきますね・・^^ イザヤ書の一節のように・・
今朝のクオリアは茂木先生の発信なさったニーチェの直感と
ドナウの青き流れへの誘いから、届けられた気がします
心よりの、  ありがとうございますを!^^
                   reiko.G

投稿: | 2010/02/02 9:58:09

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