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2010/01/21

失敗が、実は巧みな適応である場合

ゼミ。The Brain Club。五反田のチェゴヤでの昼食から始まる。

 高野委未さんの修論の発表練習。

 高野さんは、英語で修論を書いている。その文章はつながりがあって、粘りがある。素質がある。

 高野さんのpowerpointを見ながら、皆でdebuggingをした。

 内容についての議論も沸騰して、大いに盛り上がった。
 
 それで、もともとBrain Clubでは高野さんの修論発表と箆伊智充と私による論文紹介(Journal Club)をやる予定だったが、箆伊が論文紹介をして時間切れになって、私は研究所を出なければならなかった。

 普通ならば、次回のゼミに回すのだろうが、私は性分として今回やろうとしていたことを持ち越すことができないので、どんなことを喋ろうとしていたかをここで書いて、次回はまた別の論文をやることにする。

 ゼミ参加者は、以下を参照して、後は自分で論文を読んでね。

 取り上げようと思っていたのは、Daizaburo Shizuka & Bruce E. Lyon. Coots use hatch order to learn to recognize and reject conspecific brood parasite chicks. Nature 463, 223-226. (2010).

 カッコーなどの一部の鳥類は、他の鳥の巣に「托卵」をすることが知られている。哀れな親鳥が、自分よりもはるかに大きくなってしまったカッコーの雛に懸命にエサをやっている様子は衝撃的である。


Reed Warbler feeding a Common Cuckoo chick in a nest.
From Wikimedia.
 
 なぜ、人間の目から見れば明らかに異なる他の鳥の雛を育ててしまうのか? 自分の雛がどのようなものであるかということを「学習」して、そうではない雛を排除すれば良さそうなものだが、このような戦略には脆弱性がある。もし、最初に孵化した雛が別の種の雛だった場合には、それが自分の雛であると「刷り込み」され、parasiteの雛が判断する際のtemplateになってしまって、かえって自分の雛を排除してしまう可能性があるからである。
 
 すなわち、自分の雛がどのような姿をしているかを学習して、そのことによってその後のparasiteの侵入を防ぐという戦略は、学習結果に誤差がない(あるいは少ない)状況において初めて有効になるということになる。

 著者らは、水鳥の一種であるオオバンの同種間の
托卵行動を観察した。その結果、次のようなことを見いだした。オオバンは、確かに最初に孵化した雛を「ひな型」として、その後の雛を区別している。最初に孵化したのが自分の雛である場合、その後かえった雛のうち、自分の雛が成長する確率が有意に高くなる。一方、最初に孵化したのが寄生の雛である場合、その後寄生の雛が成長する確率が有意に高くなる。

 最初に孵化した(一般には複数の)雛の中に自分の子孫と寄生の子孫がどれくらいの割合で混ざっているかということを、template typeと表現するとすれば、オオバンのこのような学習戦略は、自然界におけるオオバンの巣の中のtemplate typeの分布が、多くの場合自分の雛のみからなる時に、初めて有効であるということになる。

 著者らは、調査の結果、実際、オオバンの巣の中のtemplate typeは、自分の雛のみからなる場合が多数を占めることを見いだした。すなわち、オオバンの学習戦略は、学習環境と整合性を持っていて、自分の遺伝子を残すという意味において有効であることが示されたのである。 

 以上がSizuka & Lyon (2010 )の内容の概略であるが、私たちは、この研究から、どのような教訓を引き出すことができるのだろうか?

 人間のような高等生物における認識、学習のメカニズムにおいても、不思議なほど発達していない機能がある。それが、failureとして顕在化する。

 たとえば、change blindness。視野の中で大きな変化があっても、それに気付かないで同じだと見なしてしまう。
 あるいは、私たちの記憶のシステム。多くの場合不完全だし、ニセの記憶がつくられたり、都合の良いように編集されてしまうこともある。

 このようなcognitive system, learning systemのfailureは、「本来は完全であることが望ましいのに、neural resourcesの限界で不完全に留まっている」と見なされがちだが、そうでもない可能性もある。すなわち、学習戦略のrobustnessという視点から、むしろ現在のような状態が望ましいのかもしれない。

 photographic memoryを持ついわゆるidiot savantの人たちが、social skillにおいて様々な困難を抱えていることはよく知られている。では、social contextにおけるadaptationは、計算論的にはどのように定式化できるのか? Sizuka & Lyon (2010 )が研究した托卵行動のように、明確な定式化ができるようなパラダイムはあるか? 
 その文脈におけるadaptationの一つのinstanceとして、現実に私たち人間の脳が持っている認識、学習の戦略を説明できるか?

 私は、The Brain Clubでそのように君たちに問いかけたいと考えていたのである。
 
 失敗が、実は巧みな適応である場合がある。そのような視点が必要だろう。

1月 21, 2010 at 08:38 午前 |

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コメント

「哀れな親鳥が、自分よりもはるかに大きくなってしまったカッコーの雛に懸命にエサをやっている様子は衝撃的である。」

ほんとうに。

じつは写真を見て、衝撃と同時に気持ちが悪くなってしまいました。

この感覚、わたしの(無意識の?)正義感が発動して、「これはおかしい」や「許せない」と感じたときに自分でも驚くくらいに情緒としてあらわれる怒りのようなものとすこし似ているかもしれない ... そんな気がしました。

どうしてだろう。でも、これが種の保存なのでしょう?
わたしは変でしょうか。


それから、
「以上がSizuka & Lyon (2010 )の内容の概略であるが、私たちは、この研究から、どのような教訓を引き出すことができるのだろうか?」


次々に飛び出してくる茂木先生の問いかけはとても難しいです。。。
先生のクラスの学生でなくてよかった。けれども、ほかの方たちがどのように応え、そこからどんなディスカッションが生まれるのかは、とても興味があります。

投稿: | 2010/01/23 11:37:56

新年のごあいさつも申し上げないままに、1月も残り一週間となりました。

昨年の話になりますが、12月13日のオールナイトニッポンサンデーにメールをしましたら、
「脳を幸せにするレシピ」 茂木さん海豪さんサイン入りの御本を頂いてしまいました。
どうもありがとうございます。綺麗な本で嬉しいのですが、料理は苦手です・・・そのうち作ってみたいと思います。

年明けに、再上映されていた、マイケルジャクソンの映画「THIS IS IT」を観て、それは噂に違わず、すばらしいものでした。
帰宅した晩、ウェブにアップされていた、往復書簡のお返事を読ませて頂き、さらに粛々とした気持ちになりました。
私も、茂木先生のお返事が読めて嬉しく思いました。

心が幻想であるという観点では、音楽も幻想でありますが、
私のような、マイケルジャクソン氏のファンでない者が、もしも、MJ氏のコンサートを観たと仮定し想像しますと、
音楽の幻想に圧倒され運ばれていくのが、やっとだったのではないか?と思います。
映画の中の歌もダンスも、リハーサルとは思えないぐらい、本物。
ですが、このドキュメンタリー映画では、MJ氏が 彼自身の歌やライヴに どう向き合っているか、
音楽とMJ氏との関係性そのものが、映し出されていたのです。
「美しい花」もさることながら、「花を美しいと思う心そのもの」、を観ている気持ちがしたのでした。

前置きが長くなって申し訳ありません。

ヒナの刷り込みと似たことが、親鳥にもヒナに対して起こっているのなら、鳥たちにとっては、
そのほうが自然なことという気がするので、失敗という言葉は、
失礼に当たるかも知れない、とも思います。

社会は、より多数派の人が適応しやすいように発展すると思うので、
photographic memoryを持つ人が多数派であったら、その人たちが適応しやすい社会になっていると思います。
なぜ、その人たちは人類の中で少数派なのでしょうか?

投稿: | 2010/01/23 3:41:13

 記憶のメカニズムを例に取ると、やはりストレスの軽減だろうか?
 自分の内部からストレスを発生させるということは、常に外部のストレスに晒されている我々にとって、デメリットである。
 だから、記憶を改ざんしたり、抽象化したりする事で、ストレスを軽減させているのではないか?
 楽しいことほど記憶しやすいのも、ストレスを記憶してしまわないようにするためと考えれば、納得がいく。
 しかし、記憶したいものを選択できない事から発生するストレスもまた現代社会において多々あり、忘れられないストレス、つまり心的外傷の存在も考慮した場合、記憶のメカニズムにおける、原始的な部分と、近代的な部分の軋轢があると考えられる。

 つまり、私は、失敗が巧みな適合ではなく、原始的な部分と近代的な部分の軋轢という、生物が未だ進化の過程にあることの証明であると考える。

投稿: 岡島 義治 | 2010/01/22 16:37:33

この世でつらいことがあると死んだあとそのぶん報われると思って生きています
死んだあと天使になるんだって友達が言ってました

投稿: | 2010/01/22 15:32:52

It is very very difficult, very interesting, and it is very impressive.


。・゜Zawa,Zawa,Zawa, Zawa゜・。


Because I want to learn even a little, it studies.


投稿: | 2010/01/22 7:52:43

茂木健一郎様
とても興味深いお話をクオリア日記でしてくださいまして
ありがとうございます。
人間と鳥の子育ての違いがわかったことはちょっと感動
しています。
最高峰の学位の方々がなにか不自由感のある社会というのを
垣間みることがありますと、幸福感の多様さを
学ばせていただきます。
この世界は本当におもしろいところですね。

投稿: Yoshiko.T | 2010/01/22 1:09:05

茂木健一郎さま

びしっと

難しいです

ラジオにて番組として拝聴させて頂きたいです。
難しいゆえに印象的は常にです

グノーシス派をケーブルテレビから即連想
私は山岳信仰でした

内面的な部分の気づき

バシッと難しい
茂木健一郎さま
輝いてます。

半井小絵さん申されてました気温が下がると
私、布団を蹴飛ばし寒さで起きることも
バッチ
ラクダのモモヒキ

タイツとモモヒキ
微妙に区別が本当に微妙です私には。

寝ます。

投稿: | 2010/01/22 0:24:12

理解者 Ⅹ(環境依存文字)を求め
                 フラクタルな旅
   誤差2 誤差1 微調の日

    変幻自在         失敗が巧みな適応になる・。

投稿: | 2010/01/21 22:18:22

失敗が巧みな適応である場合って、どんな事なのでしょう?
私には、いまいちよくわからなくて、その事を考えては一人モヤモヤしてます。

私も粘って、適応してきたいです(*^^*ゞ

投稿: | 2010/01/21 22:00:12

丁度、短期の株式市場で、売り注文が込むと一気にストップ安までいってしまい、買いが込むとストップ高までいくのに似ています(極端な例ですが)。この場合、「失敗」は、意図せざる「逆張り」のような効果を持つことになる。自然界での個体数のバランスと株価の類似性について考えさせられました。

投稿: | 2010/01/21 14:36:33

茂木健一郎様
おはようございます。
おもしろいお話をありがとうございます。
今朝はゆっくり読めませんが帰宅して
再び読みたいと思います。
それでは、今日も明るく素晴らしい日を
祈っています。

投稿: Yoshiko.T | 2010/01/21 8:46:56

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